生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

　まずはラナと2人で話したかったので、テオドールに席を外してもらい、リーリエの執務室で話すことにした。
　しばらく屋敷に滞在する予定のラナとの再会はリーリエにとって懐かしく、こんな状況でなければ喜ばしかっただろうなと思う。

「ヴァイオレットさんを調べること、お父様がよく許してくれたわね」

　以前調べようとしたときは忠告されできなかったそれが、今になって許された。

「状況が変わりましたので」

　ラナは空間魔法を展開し、書庫とそこに収められた大量の資料を出現させる。

「公爵様からです。探し物のお手伝いは私がします」

　ラナのスキルは＂図書司書＂で、ありとあらゆる資料を、再現、貸し出し、検索することができる。

「相変わらず、素敵な魔法。助かるわ」

　ラナ1人いるだけで随分と調べものが捗る。彼女を派遣してくれるなんて、父のサービスが良過ぎる。
　手のひらで転がされているなと感じつつ、リーリエは甘んじて受け入れることにした。

「じゃあまず、状況報告からお願い」

　リーリエはラナからリーリエの去った後のカナン王国の状況について聞く。
　カナンとアルカナの関係は、表面状は一旦落ち着いており、戦争を起こそうとする大きな動きはないこと。
　フィリクスとヴァイオレットの仲は相変わらずで、常に2人で行動していること。
　リーリエの呪術が解け、保管してあった全てのヘレナートの魔法陣自体が消失したこと。
　主だった話題はざっとまとめるとこんな感じだった。

「いつ、お戻りになるおつもりですか？」

　当たり前のことのように、ラナはリーリエにそう聞いた。

「おかしな事を言うのね。私は結婚して家を出た身よ？　戻るわけないじゃない」

　何か不都合でも？　とわざとらしく首を傾げるリーリエに、ラナはため息をつく。

「どうやって消したか知りませんけど、リィ様が守ってきた、カナン王国の弱点とも言えるヘレナート様の遺産がなくなった今、あなたが人質としてここに留まる理由もないでしょう？」

　大量の魔力や命を消費する可能性のあるヘレナートの魔法陣を起動させるわけにはいかなかったから、カナン王国は絶対戦争を起こさなかった。
　リーリエを生贄姫として国外に出すことに決めた戦争回避のための人質としての大義名分。それは確かに今失われている。

「結婚式も挙げておらず、招待状も送付前の今なら、書類上の事なんて公爵様がなんとでもしてくださいます。そのための1年でしょう？」

　カナンとアルカナで結婚式の時期に折り合いをつかせずもつれさせたのは、戦況をひっくり返してリーリエを取り戻すため。

「そうでなくても、どうせリィ様の事ですから2〜3年もすれば離婚されるよう仕向けるつもりだったのでしょう。だから、みんな黙って送り出したのですよ？」

　まさか本当に誰も連れて行かないなんてと呆れたように怒りながら、ラナはそう言う。

「全く。ギフティの研究だかなんだか知りませんけど、そのために一触即発状態だった隣国に嫁ぐなんてお戯れが過ぎます。もう、十分でしょう」

　ラナはリーリエに懇願するように伝える。

「お帰りください、リーリエお嬢様。みんな、待ってますから」