生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「リリの件はとりあえず良しとして、トーマス・デンバーが自害した」

「はっ?」

 突然の報告にテオドールは驚き、ルイスを見返す。ルイスの疲労の浮かぶその顔に余裕はなく、やられたと舌打ちをする。

「悪いな、せっかく生捕りにしてもらったのに。自害っつーか、処分されたっていうか、俺がカナン王国に出向いてる間にやられたわ」

 本当はもうちょっと情報引っ張りたかったんだけどねぇとため息を漏らすルイスは、散らかったトランプを片づけながらテオドールに事実を告げる。

「女神さまが迎えに来た、って言うのが最期の言葉で、幻覚でも見てるみたいだったって。幸せな顔して首掻っ切りやがった」

「幻覚、な」

 夢魔の見せる症状のひとつにそれがある。病院で保護していたはずの人間にどうやって見せたかは分からないが、それは彼にとって幸せな"夢"だったのだろう。

「どんな姿してるんだろうな。死を連れてくる"女神"って」

 うちにも死神はいるけどねぇと茶化すような目線を送るルイスに、

「さぁな、生憎と死んでやった事がないんで、会ったこともない」

 肩をすくめたテオドールはそう言った。ルイスは違いないと相槌を打つ。

「そんなにあの緋色の椅子に座りたいかねぇ。そんな座り心地良くないし、俺毎回吐きそうなんだけど」

 片付け終わったトランプを懐にしまって、ルイスはそう軽口を叩く。

「さぁな。座りたいと思った事もないし、なんなら俺は継承権も放棄していいと思ってるんだが」

「放棄したらリリとの結婚生活即終了だから」

 にやっと意地悪そうに口角を上げたルイスはそう言ってテオドールを国に縛る。

「持っていろよ。俺に何かあった時、スペアがいないと困るだろうが」

 その言葉に息を呑みルイスをまじまじと見返すテオドールに、ふっと表情を崩したルイスは続ける。

「もし、俺がどうしようもなく道を間違えたら、その時はお前がこの首取れよ」

 そのための側近なのだから、とルイスは笑う。そんなルイスを見ながら、テオドールは共に歩みたい相手の理想を語ったリーリエの事を思い出す。

『私は、愛を囁き合う関係よりも背中を預けられる人がいい』

『私は、ただ無条件に愛でられるよりも私の事を諌めてくれる人がいい』

『私は、天の才に驕らず努力し続けられる人がいい』

「お前なら、大丈夫だろ」

 そして、この2人は似ていると改めて思う。

「背中を預けられる相手も、間違う前に諌めてくれる奴もいて、努力できるお前なら」

 まぁ、俺もいるし。
 とそう付け足すテオドールを驚いた顔で見返すルイスは、

「テオの急なデレに、普通にビビるわ。あと俺、一応天寿全う予定だからっ!」

 この後嵐とか勘弁して欲しいと破顔しながらそう言った。

「まぁあとは、グラシエール子爵令嬢含め、リリの報告待ちだな」

 そっちは任せたからと用件の済んだルイスは立ち上がる。

「魔術省、ってかレオンハルトに目つけられてるんだから、リリから目を離すなよ? 二度目は本当にカナンに強制送還させられるから」

「肝に銘じとく」

 大人しくはしててくれないと思うがとため息混じりに付け足して、テオドールはルイスの背中を見送った。
< 195 / 276 >

この作品をシェア

pagetop