生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

93.生贄姫はリベンジマッチを宣言する。

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 目を閉じて思い出すのは、自分によく似た容姿をした、ちょっと泣き虫でよく笑う男の子。

 ヴァイオレットは、目の前で転んで泣いていた男の子を抱き起こしてあげる。

「わぁ、綺麗なお姫様ありがとう!」

 ぱぁぁっと輝くように笑うその顔が、かつてのレオと重なった。
 パタパタパタパタと走って行くその背を見送りながら、ヴァイオレットは隣で微笑むフィリクスを複雑そうな顔で見る。

『王族の義務でね、今回は避けられないから俺が逃げ出さないように孤児院の訪問に付き合って』

 とフィリクスに連れ出されたその先で、ヴァイオレットはポロポロと色んな事を思い出す。

「どうしたの、ヴィ?」

 この場所は、ヴァイオレットがアルカナに追いやった翡翠色の目をした女の子が支援していた場所だ。

「私、綺麗なお姫様じゃ、ないんです」

 居なくなった彼女の後を引き継いだ、というか元々やらなきゃいけなかったフィリクスにお鉢が回ってきて、定期訪問に付き合うようになって今日で何回目だろう?
 ここだけじゃない。
 ひとりは嫌だと駄々をこねるフィリクスに付き合う形で、色んなところに付き合った。
 その度に、ヴァイオレットは国を知る。
 大嫌いだと思っていた、あの子が守って来たものを知る。

「ヴィ、俺は思うんだけど。キミはきっと悪役には向いてない」

 とても柔らかく優しい声が隣で響く。

「だって、ほら? ヴィはきっとお姫様でヒロインだから」

 繋がれた手が、無かったはずの罪悪感を抱かせる。

「俺は今すぐ放り出して遊びに行きたいのになぁ」

 嘘吐きなフィリクスが隣でそう言う。
 そう言って連れていった先で、この国の人の生活を見せるくせに。

「私の世界は、きっととても狭かったの」

 ヴァイオレットの世界の登場人物は、自分とレオの2人だけ。
 だから、大賢者に願うことに躊躇いなんてなかったのに。

「どうして、私に"世界"を教えるのですか?」

 レオを助けたい。
 その願いに変わりはないというのに。
 知ってしまったら、誰かを犠牲にすることに躊躇いが生じる。

「俺は思うんだ。できないことは、できる誰かに投げちゃえばいいって」

「……それで押し付けてたのですか?」

 フィリクスはウィンクして人差し指を唇に当てる。

「だって、その方が100倍効率的で国がマシになると思わない?」

 今も国のあちこちに残るかつての婚約者の濃い痕跡に、フィリクスはそう笑う。

「ねぇ、ヴィ? キミの願い事の叶え方はひとつしかないのかなぁ」

 フィリクスは元気に駆け回る子どもたちに目をやりながら時間だね、と笑う。

「可愛い女の子は国の宝なんだって。俺は随分嫌われていたけれど、可愛いキミの願いなら叶えてくれるかもしれないよ?」

 なんて他力本願なんだろう、と苦笑しながら『私』もそう変わらないかと思い直す。

「フィリクス様の、願い事はなんですか?」

「実は俺、王子よりも、たった一人のための魔法使いになりたかったんだ」

 そう言って静かに笑う彼を見て、ヴァイオレットはつられるように笑う。
 ああ、その方がフィリクスには似合う気がする。国の一端を担うなんて、きっと彼には重すぎる。

「ヴィ、キミの物語を聞かせてくれる?」

 そう尋ねる他力本願な魔法使い志望の手を取ってヴァイオレットは願う。
 物語の筋書きをほんの少し修正するために。

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