生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「悪夢?」

 テオドールは、熱に浮かされていたときのリーリエの姿を思い出す。

「私はその悪夢の中で何度も何度も、繰り返し殺され続けているのです」

 何度となく繰り返し見てきた"破滅"と言う名のバッドエンド。
 なんて、悪趣味な魔法にかけてくれるのだと舌打ちしたくなる。
 もし、リーリエがただこの魔法にかかっただけであったなら、とっくに精神は崩壊していたのだろうけれど、ひとつ誤算があったらしい。

「まぁ、この魔法。悪いばかりじゃなかったんですけどね」

 ふふ、とリーリエは楽しそうにテオドールを見て笑う。

「私の命綱はどうやら旦那さまのようなのですよ。流石、最愛の推し。もう推ししか勝たんって感じですね」

 副作用としてなのか、違う世界で生きた前世の記憶まで、蘇ってしまった。
 おかげでリーリエは推しを見つけることができ、この世界でずっと推し活を続けている。
 結果それがリーリエの精神を保っているというのだから、これからもやっぱり推しに投資という名の課金をしつつ、その活躍を鑑賞したい。

「まぁこれが私がレオンハルト様、というかレオンハルト様に憑いているヘレナート様に付き纏われている理由ですね」

 リーリエはレオンハルトに襲われた原因をそう言ってざっくりまとめた。

「レオンハルトに憑いている?」

「どうやら本物のようですよ。おかげでカナンの大賢者の魔法陣が焼けました」

 リーリエは少しだけ服をずらし、鎖骨あたりを二人に見せる。まだうっすら火傷の跡がついているそこにはかつてリーリエが呪術を施した魔法陣が有った。

「リリ、そういうとこ人に簡単に見せないの」

 ルイスはめちゃくちゃ不機嫌な顔でルイスの事を睨みつけてくるテオドールを親指でぐっと指さしながらリーリエにそういう。

「俺の寿命が縮むわ」

「鎖骨くらい、大した事ないでしょう? 私ドレス裂かれて既に一度だいぶ際どい部分まで見られているんだけど? 鳩尾に蹴り1発じゃ全然足りないっ!」

 リーリエは両手で顔を覆ってあと4、5発蹴りつけてやれば良かったと悔しそうに叫ぶ。

「あんなみっともない姿を晒すなんて、もうお嫁に行けませんよ」

「いや、リリ既に既婚者だし」

「旦那さまにも見られた。もう、無理。もう、詰んだ」

 うぅっと今更羞恥心で唸るリーリエに、

「見てない、見てない。上着貸してやっただろうが」

 と急に責められ始めたテオドールが弁明する。

「2回いうときは絶対嘘。夜目がすごく効くの知ってるんですからね」

「……ほとんど見てねぇよ。あの状況でそんなん気にかけられるかっ」

「ちょっとは見たんですね。もう、死にたい」

 もう嫌と、泣きそうな声のリーリエの頭を撫でながら、

「……本当、見てないから」

 必死に宥めるテオドール。
 そんな2人を見ながら、今日もすごく平和だなぁーとルイスは小さく笑った。
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