生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 テオドールも初めて聞く話だったのだろう。なんと言えばいいのか分からない、そんな表情を浮かべていた。

「正妃である母上や俺にも良くしてくれて、アイリーン妃の嫌がらせも嬉々として応対していたよ。そんなとこは少し、リリに似てるかもしれない」

 ルイスは懐かしむようにリッカ妃について語る。

「テオが生まれた日は、随分騒がしかったのを覚えている。なんせ、黒髪にオッドアイなんて見たことない容姿だったからな。どう、取り扱えばいいのか、誰も分からなかった。そんな中でリッカ妃だけが、なんて可愛いんだろうって、愛しんでいたよ」

 忌み子を産んだと蔑まれ、テオドールを庇い不敬罪とされたリッカ妃のことはタブー扱いで誰も彼女について語らない。
 彼女もまた大人の勝手な事情に埋もれた1人なのだろう。

「リッカ妃は元々その極めて高い魔力故に王家に望まれた人で、伯爵家自体は正直力のある家じゃなかった。誰も味方がいない中で、それでも彼女は屈しなかった。最期まで、テオは忌み子なんかじゃないと。辺境に追いやられたあとも私の子を返してとずっと主張し続けてたよ」

 それが、自身の立場を悪くすると分かっていても、けして主張を変えなかった。
 ルイスは、ふっと表情を緩めて笑う。

「テオはリッカ妃に似てるよ。面差しとか気質とか。その高い魔力もね」

 黙ったまま言葉を発しないテオドールを見ながら、ルイスは言葉を紡ぐ。

「結局は俺もリッカ妃を見殺しにした1人だし、そんな俺に何を言われてもって感じだろうけど。でも、リッカ妃だけは確かにテオの存在を望んでいた。それだけは確かだよ」

 ルイスはそれだけいうと、静かに遠くを見て、

「そうだな、終わらせないとな。こんな冗談みたいに血で血を洗う王家なんて」

 つぶやくようにそう言った。
 リーリエにレオンハルトからの招待状、つまり魔術省から正式な呼び出し状を渡す。

「で、リベンジマッチってどうするの?」

「んーそりゃもう、魔術師のやる事なんて魔術での化かし合い一択ですよ?」

 ふふ、っと笑ってリーリエは招待状を受け取る。

「……それ、勝算あるの?」

「そうねぇ、私の元婚約者様が変わらずスケコマシで他力本願なロクデナシのままなら、多少なりと勝率あがると思いますよ」

「随分な言いようだね」

「まぁ、嫌いだと言えるくらいには、私はフィリクス殿下の事を知り尽くしているつもりですよ。非常に不本意ですが」

 リーリエは額に手をやって、とても嫌そうにそう言った。

「あの人の事、常々アホだとは思っているけれど、愚か者(バカ)だと思った事はないのですよ。今まで、ただの一度もね」

 これもある種の信頼だと言えるのだろうかと、リーリエは苦笑する。

「多分、私は物語の終わらせ方を知っているんです」

 そう言って不敵に笑うリーリエは、テオドールの手を取る。

「それにね、私には素敵で無敵な最愛の推しがついてますから。負ける気がしませんね」

 好戦的で勝ち気な色に染まった翡翠色の瞳は、青と金の瞳を覗き込み、

「それじゃあ、旦那さま。私と一緒にリベンジマッチと行きましょうか?」

 そう言って楽しげに開戦を告げた。
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