生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「それでも、私はここに居るよ」

 迷わずそういったリーリエの言葉で、テオドールの中で何かが切れた。
 リーリエの翡翠色の瞳が好きだった。でも今は真っ直ぐ見据えてくる翡翠色の瞳に、全てを見透かされそうで、めちゃくちゃに壊してしまいたくなった。

 テオドールは、リーリエに乱暴に口付け、そのまま首筋に舌を這わす。白い肌に噛み跡をつけ、冷たい指で乱暴にリーリエに触れるたび、テオドールは自分の体温が冷えていくのを感じる。
 リーリエはそんなテオドールを見ながら、抵抗を一切しなかった。

 リーリエを大事にしたいと思った感情は確かにテオドールの中にあったはずなのに、それすら今は見当たらず、彼女でさえも今までそうして来たようにたった一晩を越えるための道具のように扱っている。
 傷ついたような悲しげな翡翠色の瞳を見て、やはり自分には愛だの恋だのといった人並みの感情を持つことは難しかったようだとテオドールは自嘲気味に笑った。

 リーリエはふっと表情を緩めて、テオドールの頬に指で触れた。

「あなたはそうやって、こんな夜を越えて来たんですね」

 リーリエのその声は、穏やかででもどこか悲しげに響く。

「いいですよ、好きにしてくださっても。私はそんな事くらいでは傷つきませんから」

 少し緩んだテオドールの拘束の隙を縫って自由になった両手で、テオドールの両頬を包む。

「確かに時間は潰れるでしょうね。ただ、そうしたとして、あなたのその渇きは、飢えは、破壊衝動は、寂寥感は、虚無感は、少しでも埋まるのですか? そうだというのなら、どうぞこのまま好きにしてください」

 埋まるはずがなかった。
 埋まったことなど、一度たりともなかった。
 それでも、それ以外の夜の越え方を誰もテオドールに教えてくれなかったのだ。

「大丈夫、ですよ。私は傷ついたりしてないから。私はここにいるのに、あなたの目に私が映っていないのが、悲しいだけ。自分で自分を傷つけようとしているあなたを見るのが、辛いだけだから」

 リーリエは自分からテオドールを抱きしめて、固まっているテオドールの髪を子どもみたいに撫でる。

「そんな、越え方もあるとは思うけど、きっとあなたには向いてない。だって、今もこんなに苦しそうじゃない」

 テオドールを宥めるように撫でたリーリエは、テオドールと視線を合わせた。
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