生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ステラ! ステラっ? いやよ、目を開けてっ!!」

 リオール侯爵夫人の泣き叫ぶ声とともに『死神』『呪いだ』などとまことしやかに囁く声が辺りを包む。
 リーリエは会場に漂う非難の声や周りの視線をテオドールの隣で浴びながらぎりりと奥歯を噛み締める。

『ここには味方が1人もいないのね』

 テオドールは何一つ非難されるようなことなどしていないというのに。
 当たり前のようにテオドールのせいにされる事に腑が煮えくりかえる。

『ああ、嫌だ』

 知っていたはずだった。画面の向こうに広がる理不尽とそれを気にすることもなくなすべきことをなすために立ち向かう彼の物語を。だが、知っていても目の前で繰り広げられる彼を傷つける茶番をこれ以上許容できない。

「これだから”死神”は」

 その言葉が耳に届いたとき、リーリエの理性が切れた。

『もうっ、無理っ!!』

 バシーンッ。
 会場に響き渡った破裂音にあたりのざわめきが一瞬にして消える。

「正気に戻りまして?」

 テオドールは音の発信源に目をやれば、そこには両手を打ち合わせ怒気を隠そうともせず微笑むリーリエの姿があった。

「今のは……猫騙し……か?」

「ええ、ただの猫騙しです。何人かは気を失われたようなので、宮廷魔術医の方は後で治療をお願いしますね」

 リーリエは倒れているステラリアに近づき、完璧な淑女の微笑みを浮かべ、

「このままではステラリア様のお命に関ります。リオール侯爵夫人どうぞ、私にお任せください」

 リオール侯爵夫人にそう申し出る。
 あまりの衝撃に放心状態になっていたリオール侯爵夫人はあっさりとステラリアを手放した。
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