生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「あと、ありがとう」

 綺麗に笑うテオドールに見惚れていたリーリエに、テオドールは優しくキスをする。
いつもなら蜂蜜色の髪にキスを落とすテオドールが、髪ではなく唇にキスしたことでリーリエは驚き、耳まで赤くなり両手で顔を覆う。

「いきなり、何するんですか!?」

「予告いんの? 起きてるときしろって言ったのリィだろ」

「いや、お礼は起きてる時に言ってって……寝てる時にもしたんですか?」

 言葉にならない声をあげるリーリエを見ながら、

「いつになったら慣れるんだろうな、リィは」

 テオドールは穏やかな声でそう言った。

「今更なんだが、俺に触られるの怖くないか?」

 リーリエが一通り悶絶した後、若干緊張したようにテオドールがリーリエに尋ねる。
 意味が分からずきょとんと見返してくるリーリエに、

「昨日、怖い目に……合わせただろうし」

 と歯切れ悪くいうテオドールに、ますます解せないとリーリエは首を傾げる。

「私、別に怖くはなかったですよ? 前にテオ様にガチギレされたときは殺気に当てられて流石に怖かったですが」

 ふふっとリーリエは楽しげに笑う。

「あの距離で、あれほど隙だらけのあなた相手なら、戦闘不能に持っていける自信ありますし」

 悪戯っぽく笑ってリーリエは人差し指を唇にあて、小首を傾げる。

「なにせ、私訓練どころか実績多数の"暗殺者"ですから。日常フィールドの超接近戦は最も得意な分野ですよ」

 冷静さを欠いているときならともかく、平時のリーリエであれば、あの距離でやられることはまずない。

「割と至る所に色んなもの仕込んでますし。例えば、毒とかね? まぁそれが無理でも水魔法で体液のPHいじって昏睡状態に落とす事もできますし」

「体液のPH?」

 テオドールの聞き返すその知識は前世の記憶によるものなので、おそらくこの世界でできるのは自分だけだろうとリーリエは思う。

「言ったでしょ? 私はそんなことくらいで傷つかないって」

 ドヤっと得意げに笑うリーリエに、テオドールは苦笑する。わざと茶化すような口調で話すリーリエに、彼女の気遣いが分かり、本当に敵わないなと改めて思う。

「俺の妻は最強だな」

「あら、今頃気づいたのですか?」

 ふふっと楽しげに笑うリーリエを抱き寄せて、テオドールはその肩に額を乗せた。

「……けど、昨日は、本当、ごめんな」

「許してあげます。妻なので」

 弱ってるテオ様可愛すぎかとニヤニヤしそうになるのを抑えて、リーリエは大きな子どもみたいなテオドールの髪を優しく撫でた。
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