生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

98.生贄姫は逃走する。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ああ、ようやくだ。
 ヘレナートは指先で瑠璃色に輝く魔石のカケラを弄びながらそう思う。

 時間の流れや感覚といったものを感じなくなったのが、いつからの事なのか、ヘレナート自身ももう思い出すことができない。

 実験を繰り返し過ぎて、実体を失って、魔力の塊なのか、記憶の残像なのか、自分がナニモノであるのか、定義づけることさえ難しくなった時、"彼女"がヘレナートを見つけた。

 神ではなく、誰かと祈った彼女の勝ち気な瞳が、かつて時間を共にした最愛と重なる。

『こんな世界、私とレオ以外全部滅べばいいのよ』

 それは、かつての自分が願った事だった。

『キミを奪うこんな世界、僕とキミを残して滅べばいい』

 と。
 確かに願ったのに、ルカはそう願ってはくれなかった。

『大切にしてね』

 と託されたそれは、ルカが居なくなった日に叩き割ってしまった。
 時空の狭間に落ちてしまった、ルカから貰って壊れてしまったカケラはまだ集まらない。

 だから、違えてしまった約束の代わりに、最愛を思い出させてくれる彼女の願いを叶えてあげたいと思ったのだ。
 どうせ、時間など飽きるほどにあるのだから。

 だが、願いには代償が必要だ。
 かつてルカが"何もしないで"と願う代わりにルカの宝物を差し出したように。

 それなら、自分が1番欲しいモノを貰おうと思う。
 大丈夫。
 今度の実験が成功したら、きっとまたキミは笑ってくれるはず。

 ヘレナートは描き上げた魔法陣を宙に浮かべた。
 さぁ、材料は全て整った。
 じゃあ、実験を始めよう。
 彼女が帰ってくる日を待ち望みながらヘレナートはひとりでそっと笑った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
< 214 / 276 >

この作品をシェア

pagetop