生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 約束の日、準備ができたリーリエは会心の出来に萌え転がっていた。

「はわぁぁ、旦那さま、めっちゃいい。ダークブラウンの髪にメガネ似合いすぎかっ。あとちょっと不機嫌そうな顔がまた良き。色気がやばい。目線こっちに流しつつ、ちょっと、ドSっぽくセリフ言ってもらってもいいですか!?」

 ふっとテオドールが笑った瞬間、リーリエの頭にべしっ、と鉄拳が落ちて来た。

「うるさいっ、あと手慣れ過ぎだろ。前科何犯だ」

「いったーいっ。前科、って表立って裁かれた事はまだないですよぅ。脱走歴と護衛撒いた数なら両手両足じゃ足りませんけど」

 うぅっと若干涙目になりながら、

「でも、ちゃんと撒けたでしょ?」

 そう言ったリーリエの翡翠色の瞳は、いたずらをする子どものように輝いていた。



 魔術省からの招待状を受け取り開封した翌日からテオドールへの刺客の数が急増した。
 それと同時にリーリエに付きまとう視線や人間が出てき始め、心配したルイスから護衛の数が増やされたり、フィオナからしばらく書庫への出入りを控えるように通達されたり、テオドールがリーリエの外出を渋ることもあり屋敷の敷地内ですら外に出ることが難しくなった。
 魔術省からの招待状を受け取った時点でそうなることが分かっていたかのようにリーリエは大人しくなり、一切屋敷から出なかった。
 本日、テオドールが屋敷に顔を出すまでは。

 テオドールは本日、別邸から本邸に戻るまでの間で2回刺客の相手をし、屋敷に入る前にルイスから派遣された屋敷を囲う護衛の数が増えていることを確認した。
 ここ連日気落ちしている様子のリーリエに言うのは非常に心苦しいが、テオドールとしては本日の外出は難しそうだと告げに来ただけのつもりだった。
 だが、リーリエはテオドールの顔を見て開口一番に、

『じゃあ、早速ですが行きましょうか』 

 と告げて屋敷から全力で逃走した。
 テオドールは今更ながらリーリエは大人しくしていたわけではなく、この日のために逃走ルートを確保し脱走のための演技をしていただけだったらしいと気づいたときには、護衛の目も刺客の包囲網も全て突破し街中に逃げ込んだ後だった。
 そして落ち着いたところで髪色を変えられ、認識阻害のメガネをかけさせられて今に至る。
 ちなみに本日はごく普通の王都の住人がコンセプトらしく、リーリエ自身も騎士団に出入りしているときの姿ではなく、明るめの栗毛色の髪を緩く撒いた髪形に、年齢相応に見える一般的な女の子といった装いだった。

「あのな、リーリエ。今どういう状況か理解しているか?」

「どうって、脱出ゲームの予行演習でしょ?一見出るなんて無理めに見える経路でも、だいだいの行動パターンが決まってくると人間って隙ができますよね。今回はあえてそうなるように仕向けてみました」

 業者の出入り時間や刺客に騒いでもらう時間を含め人の流れをすべて計算したのですよとドヤ顔でまんまと脱出して見せたリーリエにテオドールは怒る気が失せた。
 リーリエはやると言ったら何が何でもやる女である。
 きっとあの約束をした日からずっと計画していたに違いない。

「リーリエが控えめなお願い事なんてするわけがなかった。認識が甘かったな」

 ため息混じりにそう言ったテオドールに、

「ふふ、でも無理に連れ戻さないあたりが旦那さまらしいです。義理堅い。推せる」

 と心底楽しそうに笑ったリーリエは、

「さぁ、デートに出かけましょうか」

 テオドールに手を差し出して、そう言った。
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