生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「どうして、俺にそこまでするんだ?」

「感謝、してるの。私はこの国で、テオ様に出会って、救われたから」

 暗殺者、というスキルを隠すために、沢山の嘘をついてきた。
 偽りだらけの淑女の自分をそのまま肯定されて、受け入れられて、どれほど心が救われたか分からない。

「私だけじゃないですよ。屋敷のみんなもそうだし、あとはあれかな」

 リーリエは高台から見える街の様子を指さす。
 あたりはもう、すっかり暗くなっていて、街に生活の光が灯る。
 あのひとつひとつにそれぞれの生活があるのだと思うと、リーリエはそれがたまらなく愛おしく感じる。

「物流が円滑になって、国民の生活が落ち着いてきていました。きっとカナン王国も同じように戦争にならなかったことで平穏を享受できてきてると思う。それだけでも、私たちの結婚にちゃんと意味はあったのかな、って思うのです」

 街の活気と今日見た人々の笑顔を思い出す。自分達以外もただありふれた、当たり前の日常を享受できている。まだ、全てに届いているとはいえないけれど、目に見えた改善はやはり嬉しく誇らしい。

「あなたが奪った命も確かにあるのかもしれない。でも、あなたに救われた命があることも知っていて欲しいのです」

 死神、と呼ばれて剣を取ってきた彼の紛れもない実績。
 そこには多くの命のやり取りがあったけれど、一面だけを見て否定しないで欲しい。

「そんなテオ様が生まれてきてくれたことにも、今生きていてくれていることにも、私は感謝したい」

 これは、身勝手な願いなのかもしれないけれど、それでも伝えておきたかった。

「最愛の推しには、幸せでいて欲しいのですよ。たとえ、一時だったとしても、あなたの幸福だと感じた瞬間の中に私が入れたなら、私も幸せです」

 リーリエはとても幸せそうに笑って、

「テオドール様、生まれてきてくれてありがとうございます」

 おめでとうの代わりにそう言ってリーリエは締めくくった。
< 220 / 276 >

この作品をシェア

pagetop