生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
101.生贄姫は攫われる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
堕ちていく。
どこまでも、どこまでも、深い深い闇の中に堕ちていく。
これは、果たして本当に"夢"なのだろうか? とリーリエは思う。
繰り返し、繰り返し、見てきたその悪夢の中で、何度も目覚めることに失敗し、その存在を幾度となく奪われてきた。
そうしてきたことで、夢と現実の境目が酷く曖昧で、今自分がどちら側にいるのか分からなくなる。
耳につく鎖の音と手枷が質量とその冷たさをリアルに伝え、曖昧さに輪郭を持たせていく。
『……夢、のはず』
そう思いつつ、確信が持てないリーリエは、決まりきった先の展開を思いつつ、これは果たして本当に自分が見ている夢だろうか、と不安に思う。
このままなら、また自分は死ぬのだろう。
予定調和の破滅エンドはリーリエから、人格と記憶を消していく。
繰り返し過ぎた破滅エンドに、これは"夢"だと思い込みたいだけの願望で、本当は"現実"に起きていることなのだろうか? と分からなくなる。
手首で奏でる鎖の音に惹かれるように手元に視線を落としたリーリエは、ふと、自分の指先が目に入る。
『……指輪が、ない』
ああ、コレは間違いなく"夢"だ、とリーリエは確信し、不敵に笑う。
これが"現実"であったなら、そこには彼の名前の入った指輪が留まっているからだ。
間違い探しの答え合わせに確信を持ったリーリエは大丈夫と自分に言い聞かせる。
『私は、何も失わないし、奪われない。"私"は彼に預けてきたのだから』
その人を定義付けるものが"人の記憶"だと言うのなら、"私"は彼の中にも存在する。
『怖くない。これはただの"夢"だから』
リーリエは鎖のついた手枷から目を離し、翡翠色の瞳で空を仰ぐ。
「なるべく早いお迎えをお願いしますね、旦那さま」
リーリエはこれから断頭台に上がるとは思えないほど穏やかに笑ってそう言った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
繰り返すエラーにヘレナートは実に楽しそうに笑う。
魔法陣の中央で、悪夢の中で殺されたはずのリーリエは、しかしその人格を保ったままで、この術式が不完全であることを示していた。
「一体、どこで不具合が出ているのか? 何が、彼女を引き留めるのか! 実に興味深い」
その顔は新しいおもちゃを与えられた子どものようで、楽しそうにリーリエの髪を撫でた。
「さぁ、実験を続けよう。おやすみ、楽しい悪夢を」
そう言ってリーリエに再度、悪夢を与えはじめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
その日は、いつもと何も変わらない一日のはじまりだった。
テオドールはいつも通り、リーリエと朝の鍛錬をし、食事を摂り、見送られ、仕事をこなし、本邸に帰宅した。
そして、リーリエがいなくなったことを知る。
失踪や誘拐などではなく、文字通り彼女の存在自体を、テオドールを除いて誰も認知できなくなっていた。
初めから、その存在などなかったかのように。
手首に巻かれた翡翠色の組紐がその効力を失っていたことから、嫌な予感はしていたが、リーリエの想定内の事態が始まったらしいとテオドールは悟る。
テオドールは大きなため息をつくと、愛刀を片手に踵を返す。
「さて、迎えに行くまで大人しくしてろよ。リーリエ」
テオドールは左手薬指に留まる指輪を撫でてつぶやくようにそう言った。
堕ちていく。
どこまでも、どこまでも、深い深い闇の中に堕ちていく。
これは、果たして本当に"夢"なのだろうか? とリーリエは思う。
繰り返し、繰り返し、見てきたその悪夢の中で、何度も目覚めることに失敗し、その存在を幾度となく奪われてきた。
そうしてきたことで、夢と現実の境目が酷く曖昧で、今自分がどちら側にいるのか分からなくなる。
耳につく鎖の音と手枷が質量とその冷たさをリアルに伝え、曖昧さに輪郭を持たせていく。
『……夢、のはず』
そう思いつつ、確信が持てないリーリエは、決まりきった先の展開を思いつつ、これは果たして本当に自分が見ている夢だろうか、と不安に思う。
このままなら、また自分は死ぬのだろう。
予定調和の破滅エンドはリーリエから、人格と記憶を消していく。
繰り返し過ぎた破滅エンドに、これは"夢"だと思い込みたいだけの願望で、本当は"現実"に起きていることなのだろうか? と分からなくなる。
手首で奏でる鎖の音に惹かれるように手元に視線を落としたリーリエは、ふと、自分の指先が目に入る。
『……指輪が、ない』
ああ、コレは間違いなく"夢"だ、とリーリエは確信し、不敵に笑う。
これが"現実"であったなら、そこには彼の名前の入った指輪が留まっているからだ。
間違い探しの答え合わせに確信を持ったリーリエは大丈夫と自分に言い聞かせる。
『私は、何も失わないし、奪われない。"私"は彼に預けてきたのだから』
その人を定義付けるものが"人の記憶"だと言うのなら、"私"は彼の中にも存在する。
『怖くない。これはただの"夢"だから』
リーリエは鎖のついた手枷から目を離し、翡翠色の瞳で空を仰ぐ。
「なるべく早いお迎えをお願いしますね、旦那さま」
リーリエはこれから断頭台に上がるとは思えないほど穏やかに笑ってそう言った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
繰り返すエラーにヘレナートは実に楽しそうに笑う。
魔法陣の中央で、悪夢の中で殺されたはずのリーリエは、しかしその人格を保ったままで、この術式が不完全であることを示していた。
「一体、どこで不具合が出ているのか? 何が、彼女を引き留めるのか! 実に興味深い」
その顔は新しいおもちゃを与えられた子どものようで、楽しそうにリーリエの髪を撫でた。
「さぁ、実験を続けよう。おやすみ、楽しい悪夢を」
そう言ってリーリエに再度、悪夢を与えはじめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆
その日は、いつもと何も変わらない一日のはじまりだった。
テオドールはいつも通り、リーリエと朝の鍛錬をし、食事を摂り、見送られ、仕事をこなし、本邸に帰宅した。
そして、リーリエがいなくなったことを知る。
失踪や誘拐などではなく、文字通り彼女の存在自体を、テオドールを除いて誰も認知できなくなっていた。
初めから、その存在などなかったかのように。
手首に巻かれた翡翠色の組紐がその効力を失っていたことから、嫌な予感はしていたが、リーリエの想定内の事態が始まったらしいとテオドールは悟る。
テオドールは大きなため息をつくと、愛刀を片手に踵を返す。
「さて、迎えに行くまで大人しくしてろよ。リーリエ」
テオドールは左手薬指に留まる指輪を撫でてつぶやくようにそう言った。