生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 アルカナ王国魔術省の地下、実験室。
 ここでは昔から表に出せない非合法な実験を繰り返し行ってきた。
 幼少期の一時をここで過ごしたヴァイオレットは、コツコツコツコツと響く足音に耳澄ませながら、蘇ってくる嫌な感情に見ないフリをする。

 目的の場所にたどり着いたヴァイオレットは足を止めて、手をかざす。
 個人認証システムが働き、ドアが自動で開く。こんな近未来的な魔術を組める大賢者から見たら、この世界は一体どれほどつまらないものなのだろうとヴァイオレットはそんな事を考える。

 コツコツコツコツコツコツ。
 と、ヴァイオレットは自分の来訪を知らせるように足音を鳴らす。
 迷う事なく進んだその先で、その人はとても楽しそうに歪んだ笑顔を浮かべていた。

「あの子の身体で、そういう顔するのやめてもらえるかしら、ヘレナート様」

 嫌そうに眉根を寄せてそこに立つヴァイオレットに、楽しそうに笑いかける。

「あはっ、久しぶりの再会だというのにつれないお姉さまだなぁ。お帰り、ヴィオちゃん」

 自分によく似たその顔で、記憶の中にあるよりも随分と低くなったその声で、屈託なく笑う彼を見て、ヴァイオレットはため息をもらす。

「私をヴィオちゃんと呼んでいいのも、お姉様と慕っていいのもレオだけよ。ヘレナート様。あなたにレオの体を貸してあげてはいるけれど、レオの真似をするのはやめてくださる? とても悪趣味だわ」

「ははっ、僕のお姫様は随分と強気で素敵に育ったね。そんなキミだから周りも随分と"魅了"されてくれたのだろうけど」

 レオンハルトの身体を貸与されているヘレナートはすっと指をさす。そこには紫色に怪しく輝く結晶の塊が鎮座していた。

「随分、魔力が集まったね。キミ、実はサキュバスとかだったんじゃないの?」

 揶揄うような口調でヘレナートがヴァイオレットに笑いかける。

「私はヘレナート様との約束通り、背中に刻まれたあなたの魔法陣を通して魔力を集めただけよ。サキュバス、ってこの世界には物語以外で存在しない魔物でしょ? 見た事もないものに例えられても全然しっくり来ないのだけど、ヘレナート様が渡った世界にはいたのかしら?」

「魔物というか、魔族というか。まぁ手当たり次第にヒトを籠絡するあたりは、女神より類似しているよ。その年で色香を存分に使いこなせるあたりも素晴らしい」

 あまり嬉しくない褒められ方ね、と呆れたように眉根を寄せてヴァイオレットはそう言った。
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