生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「まだ、彼女は彼女のまま夢を見てるの?」

 魔法陣の中心に横たわるリーリエを見て、ヴァイオレットはヘレナートに尋ねる。

「そう。度重なるエラーで、もうちょっとかかりそう。面白いよねー」

 時間がないはずなのに、まるで焦る様子のないヘレナートは純粋にこの事態を楽しんでいるようだった。

「……戦争が回避されたせいで、魔力が足りてないの?」

 ヴァイオレットはそっと自身の右手で左肩を掴む。

「ふふ、別に戦争なんてどっちでもいいよ。魔力を集めるための手段であって、それ自体は目的じゃないから」

 ヘレナートは魔力の満ちている結晶の塊を両手で掴み、その重さに満足そうに頷く。

「それとも、国ごとドッカーンって潰しちゃう方が良かった? キミの取り巻く"世界"なんてものはせいぜいその両手の届く一族郎党、魔術師全部ってとこだと思っていたんだけど」

 ニコニコニコニコと笑いながら覗き込んでくるヘレナートにヴァイオレットはため息まじりにそうねと相槌を入れる。

「私の中に引き継がれているという"ルカ"の記憶と記録"(そんざい)。それを取り出して渡せたら、叶えてくれるのよね」

 この体にそんなものが埋まっているなんて俄には信じられないが、信じられない事態ならもうずっと前から起きている。

「もちろん! 約束は違えない。キミの復讐は成就されるさ。僕はね、ただ僕のルカを取り戻したいだけだから」

 そう言って子どものように笑う彼を、ヴァイオレットは抱き締める。

「レオは、まだちゃんと無事に生きているの?」

「眠っているよ。幸せな夢を見ている間は、泣かずに済むんじゃないのかな?」

「ちゃんと、返してね。私のたったひとりの家族なの。あとは、何も……いらない、から」

 ヘレナートはヴァイオレットを抱きしめ返す。

「最愛を失うのはつらいよねー。分かるよ、僕もルカを失ってつらかった」

 そう言って夢中で術式を組んでエラー修正を行うヘレナートは気づかない。
 ヴァイオレットが、いらないの部分を言い淀んだ理由も、彼女の心変わりも。

「さぁ、キミも無事に帰還した事だし、そろそろ幕引きとしようか」

 そう言って新しい術式をさらっと生み出した大賢者は、さらに強い術式によるリーリエの記憶消去に取り掛かった。
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