生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
105.生贄姫は迎えを待つ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「あぁーヤッバっ! もう朝じゃん、遅刻しちゃう」
消した覚えのないアラームはとっくの昔に鳴り終わっていて、私は急いで身支度を済ませる。
黒髪を一つにまとめて、簡単に化粧を施し、お気に入りの靴を履く。
なんだかとても長い夢を見ていた気がする。
「ふふ、テオ様が夢に出てくるなんて、私ゲームにハマり過ぎでしょ」
ほとんど思い出せない夢の内容に苦笑して、スマホを手に取る。
「はぁ、でもカッコいいが過ぎるわ! そう言えばコラボカフェあるんだっけ? もう課金一択でしょ」
来週のイベントも楽しみ過ぎ。
ここのところの私は、ほとんどコレに全振り状態。
まぁ、おひとりさまで楽しいことなんて二次元にしかないんだもの。
「さて、今日も仕事頑張りますかぁ」
これが私の毎日で、こんな日がずっと続くと思っていた。
「はぁ、限定特典とか響きが素敵過ぎるでしょ。ファンのツボ押さえてますなぁー」
だから、いつもより少し遅く出ただけで、あんな事になるなんて、微塵も思っていなかった。
「……………? あんな、事?」
私は自問自答して立ち止まる。
「アレ? 今日って、何日?」
スマホで確認しようとして、手に持っていたスマホが無いことに気づく。
「アレ? 私、今何しようとしていたんだっけ?」
現実が、歪む。
アレ? これは、現実?
それとも、私は夢をまだ見ているの?
自分の立ち位置が分からなくなる。そもそも私って、誰だっけ?
誰かに強く名前を呼ばれた気がするけれど、それが自分のものなのか、判断がつかなくて私は応える事ができなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ねぇ、ヴィオレッタ。コレは一体、どういうつもりなのかな」
ヘレナートの冷たい声が室内に響く。
口から血を流しながら、彼女は久しぶりに本名で呼ばれたな、などととても場違いな事を考えた。
ヴァイオレット。本名、ヴィオレッタ・ノワール・アルカナは、自身の手元に視線を落とす。ヘレナートにしっかり掴まれたその両手は、魔力で爛れ、あまりに酷い火傷のせいであるはずの痛みすら感じない。
「魔力耐性のないキミが、魔力の塊である結晶石を素手で持ったらこうなるのは当たり前だよ? 分からないはずないよねぇ?」
そんな事は百も承知だ。分かっていて、壊そうとして、そして失敗したのだ。
物心ついた時から、ヴィオレッタはずっとずっと魔力が欲しかった。魔力を手にして生まれて来たのが自分であったなら、たったひとりの家族の泣き顔を、苦しむ姿を見ずに済んだだろうから。
「身勝手だと、分かっているわ。願ったのは私だもの」
存在自体を無かったことにされている自分がいいとは言いがたいけれど、代われるものなら、代わってあげたかった。
心優しい自分の半身が、泣き叫びながら無理矢理望まない実験をさせられ、なりたくもない魔術師を目指し、そして沢山の命を散らして王位につかなければならないくらいなら。
いっそ死にたいと、怖がりな弟が自ら命を絶とうとしなければならないのなら。
「こんな世界、滅べばいいと思ってた。こんな呪われた血筋ごと、全部失くしてしまいたかった」
だから、祈った。
誰か、誰か、誰か、助けて、と。
「あぁーヤッバっ! もう朝じゃん、遅刻しちゃう」
消した覚えのないアラームはとっくの昔に鳴り終わっていて、私は急いで身支度を済ませる。
黒髪を一つにまとめて、簡単に化粧を施し、お気に入りの靴を履く。
なんだかとても長い夢を見ていた気がする。
「ふふ、テオ様が夢に出てくるなんて、私ゲームにハマり過ぎでしょ」
ほとんど思い出せない夢の内容に苦笑して、スマホを手に取る。
「はぁ、でもカッコいいが過ぎるわ! そう言えばコラボカフェあるんだっけ? もう課金一択でしょ」
来週のイベントも楽しみ過ぎ。
ここのところの私は、ほとんどコレに全振り状態。
まぁ、おひとりさまで楽しいことなんて二次元にしかないんだもの。
「さて、今日も仕事頑張りますかぁ」
これが私の毎日で、こんな日がずっと続くと思っていた。
「はぁ、限定特典とか響きが素敵過ぎるでしょ。ファンのツボ押さえてますなぁー」
だから、いつもより少し遅く出ただけで、あんな事になるなんて、微塵も思っていなかった。
「……………? あんな、事?」
私は自問自答して立ち止まる。
「アレ? 今日って、何日?」
スマホで確認しようとして、手に持っていたスマホが無いことに気づく。
「アレ? 私、今何しようとしていたんだっけ?」
現実が、歪む。
アレ? これは、現実?
それとも、私は夢をまだ見ているの?
自分の立ち位置が分からなくなる。そもそも私って、誰だっけ?
誰かに強く名前を呼ばれた気がするけれど、それが自分のものなのか、判断がつかなくて私は応える事ができなかった。
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「ねぇ、ヴィオレッタ。コレは一体、どういうつもりなのかな」
ヘレナートの冷たい声が室内に響く。
口から血を流しながら、彼女は久しぶりに本名で呼ばれたな、などととても場違いな事を考えた。
ヴァイオレット。本名、ヴィオレッタ・ノワール・アルカナは、自身の手元に視線を落とす。ヘレナートにしっかり掴まれたその両手は、魔力で爛れ、あまりに酷い火傷のせいであるはずの痛みすら感じない。
「魔力耐性のないキミが、魔力の塊である結晶石を素手で持ったらこうなるのは当たり前だよ? 分からないはずないよねぇ?」
そんな事は百も承知だ。分かっていて、壊そうとして、そして失敗したのだ。
物心ついた時から、ヴィオレッタはずっとずっと魔力が欲しかった。魔力を手にして生まれて来たのが自分であったなら、たったひとりの家族の泣き顔を、苦しむ姿を見ずに済んだだろうから。
「身勝手だと、分かっているわ。願ったのは私だもの」
存在自体を無かったことにされている自分がいいとは言いがたいけれど、代われるものなら、代わってあげたかった。
心優しい自分の半身が、泣き叫びながら無理矢理望まない実験をさせられ、なりたくもない魔術師を目指し、そして沢山の命を散らして王位につかなければならないくらいなら。
いっそ死にたいと、怖がりな弟が自ら命を絶とうとしなければならないのなら。
「こんな世界、滅べばいいと思ってた。こんな呪われた血筋ごと、全部失くしてしまいたかった」
だから、祈った。
誰か、誰か、誰か、助けて、と。