生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「応えてくれたヘレナート様には、感謝しています。でも、ダメなの。こんな誰かを犠牲にしたやり方では、きっと、レオは救えない」
誰も助けてくれない、こんな身勝手な大人達で溢れた世界なら、自分達が助かるために誰を犠牲にしてもいいと思っていた。
間者として大賢者の魔法陣を探る名目で派遣されたカナン王国で、フィリクスに出会う前までは。
「レオは、私と違って優しいから。私があの人達と同じで無関係な誰かを巻き込んで生贄を差し出したなんて知ったら、きっと、また泣いちゃうわ」
レオンハルトは好奇心で新しいものを開拓していくよりも、今あるものを愛しんで大切にするおっとりしたタイプの子だった。
だから、新しい創造ができない彼は魔術師には向いていなかったのだろう。
そんなこと、王位と権力に執着しているアイリーン妃が許してくれるはずもなかったのだけど。
「まだ、彼女が彼女のままだと言うのなら、そのまま返して欲しいの。ルカの存在は、私から取り出してもらって構わないから」
「それじゃ、ダメなんだよねぇ。だって、ルカを定着して、留めておける先がないじゃないか」
もう、今更だよとヘレナートは笑いながら、ヴィオレッタから魔力の結晶石を取り上げる。
「せっかく、魔力耐性ゼロのキミでも"魅了"が使えるように、術式を引いてあげたのに、残念だよ。夢魔を集めて取り出すの、結構大変だったんだよ?」
ヘレナートの魔力にあてられたヴィオレッタがストンと冷たい床に座り込む。
「キミの望み通り、キミが破滅させたい人間をこの魔術省を中心にして第2王子派に集めた。沢山の犠牲をもとに実験し、できた魔法で魔獣被害を意図的に作り出し、無関係な人間も幾人も死んだ。ねぇ、死を連れてくる女神さま? キミの両手はもうそんなに赤く染まっているというのに、今更何を躊躇うんだい?」
たった1人今更助けたところで、何が変わると言うんだい?
そう聞かれてヴィオレッタはそうね、と頷く。
「何も、変わらないわ。犯した罪が無くなるわけではないし。でも、私の大事な人の最愛くらいは、守れると思う……から」
フィリクスの寵愛が本物だったなら、どれだけよかっただろう。でも、隣に居たから知っている。彼の目線がいつも追っていたのは、自分ではなく、翡翠色の目をした彼の元婚約者。
「奪っちゃ、いけなかったのよ。ヒトのものを羨ましがっちゃダメだったの」
そんな当たり前の事に気づかないくらい、ヴィオレッタの世界は、狭かった。
そして、騙されたフリをして世界を広げてくれたフィリクスに、たった一つでも返してあげたいと思ってしまった。
「最後の筋書きを、少しだけ修正……したかった、な」
魔力にあてられたのは、両手だけではないらしい。
口内が鉄の味で満ちていて、呼吸が苦しい。
「ヴィオレッタ、キミに死なれるととっても困るんだけど」
とても困っているようには聞こえない口調で、眉を顰めたヘレナートを見て、ヴィオレッタは笑った。
「じゃあ、作戦、成功……ね」
ヴィオレッタがそう言って、床に身体を横たえた時、ドアが開き足音が2つ響く。
「ヴィ、生きてる?」
「お前の"鑑定"遅過ぎだろ。結局斬った方が早かったじゃねぇか!」
ひとつはのんびりした口調の聞き慣れた声で、もうひとつはとても苛立った低い声がそう言ったのを手放しそうな意識の中でヴィオレッタは耳にする。
「勝手にヒトの家に上がり込まないで欲しいんだけど」
迷惑そうなヘレナートの言葉に、殺気を隠さないテオドールは、
「安心しろ、用が済めば即刻立ち去ってやる。リーリエを返してもらおうか」
愛刀を向けてそう言った。
誰も助けてくれない、こんな身勝手な大人達で溢れた世界なら、自分達が助かるために誰を犠牲にしてもいいと思っていた。
間者として大賢者の魔法陣を探る名目で派遣されたカナン王国で、フィリクスに出会う前までは。
「レオは、私と違って優しいから。私があの人達と同じで無関係な誰かを巻き込んで生贄を差し出したなんて知ったら、きっと、また泣いちゃうわ」
レオンハルトは好奇心で新しいものを開拓していくよりも、今あるものを愛しんで大切にするおっとりしたタイプの子だった。
だから、新しい創造ができない彼は魔術師には向いていなかったのだろう。
そんなこと、王位と権力に執着しているアイリーン妃が許してくれるはずもなかったのだけど。
「まだ、彼女が彼女のままだと言うのなら、そのまま返して欲しいの。ルカの存在は、私から取り出してもらって構わないから」
「それじゃ、ダメなんだよねぇ。だって、ルカを定着して、留めておける先がないじゃないか」
もう、今更だよとヘレナートは笑いながら、ヴィオレッタから魔力の結晶石を取り上げる。
「せっかく、魔力耐性ゼロのキミでも"魅了"が使えるように、術式を引いてあげたのに、残念だよ。夢魔を集めて取り出すの、結構大変だったんだよ?」
ヘレナートの魔力にあてられたヴィオレッタがストンと冷たい床に座り込む。
「キミの望み通り、キミが破滅させたい人間をこの魔術省を中心にして第2王子派に集めた。沢山の犠牲をもとに実験し、できた魔法で魔獣被害を意図的に作り出し、無関係な人間も幾人も死んだ。ねぇ、死を連れてくる女神さま? キミの両手はもうそんなに赤く染まっているというのに、今更何を躊躇うんだい?」
たった1人今更助けたところで、何が変わると言うんだい?
そう聞かれてヴィオレッタはそうね、と頷く。
「何も、変わらないわ。犯した罪が無くなるわけではないし。でも、私の大事な人の最愛くらいは、守れると思う……から」
フィリクスの寵愛が本物だったなら、どれだけよかっただろう。でも、隣に居たから知っている。彼の目線がいつも追っていたのは、自分ではなく、翡翠色の目をした彼の元婚約者。
「奪っちゃ、いけなかったのよ。ヒトのものを羨ましがっちゃダメだったの」
そんな当たり前の事に気づかないくらい、ヴィオレッタの世界は、狭かった。
そして、騙されたフリをして世界を広げてくれたフィリクスに、たった一つでも返してあげたいと思ってしまった。
「最後の筋書きを、少しだけ修正……したかった、な」
魔力にあてられたのは、両手だけではないらしい。
口内が鉄の味で満ちていて、呼吸が苦しい。
「ヴィオレッタ、キミに死なれるととっても困るんだけど」
とても困っているようには聞こえない口調で、眉を顰めたヘレナートを見て、ヴィオレッタは笑った。
「じゃあ、作戦、成功……ね」
ヴィオレッタがそう言って、床に身体を横たえた時、ドアが開き足音が2つ響く。
「ヴィ、生きてる?」
「お前の"鑑定"遅過ぎだろ。結局斬った方が早かったじゃねぇか!」
ひとつはのんびりした口調の聞き慣れた声で、もうひとつはとても苛立った低い声がそう言ったのを手放しそうな意識の中でヴィオレッタは耳にする。
「勝手にヒトの家に上がり込まないで欲しいんだけど」
迷惑そうなヘレナートの言葉に、殺気を隠さないテオドールは、
「安心しろ、用が済めば即刻立ち去ってやる。リーリエを返してもらおうか」
愛刀を向けてそう言った。