生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 ヘレナートは表出させた大鎌で、テオドールは剣で激しく攻防戦を繰り返す。

「随分殺気だってるけど、ここに来るまでにいた沢山の人間は全員殺しちゃったの?」

「安心しろ。寝てるだけだ。拘束済みだがな」

 かち合ったまま睨み合い、テオドールは淡々と答える。

「ここの魔術師は魔法展開が遅すぎる。リィならあれくらい時間があれば最低でも10回は俺の首を狙いにくるぞ」

 テオドールはヘレナートを武器ごと薙ぎ払うと後方へ吹き飛ばし、詠唱しながら愛刀に魔力を纏わせる。

「へぇ! それはまた随分と物騒なお嬢さんで」

 膝をついたヘレナートは大鎌を鎖鎌に変え、テオドールの剣に向かって投げ、動きを封じる。
 だが、テオドールの魔力を纏った剣は鎖を凍らせ、あっという間に凍った鎖を打ち砕く。

「俺のモノに手を出して、ただで済むと思うなよ」

「あははっ! 本当にまともにやり合ったらただじゃ済まなさそう」

 そういうとヘレナートは空中に魔法陣を展開する。その魔法陣の中心から、紫色の魔力を纏った大型の魔獣が何体も召喚される。

「さて、君はどれくらい持つのかな?」

 楽しそうにそう話しかけるヘレナートから目を離さず、テオドールは剣を構える。

「大賢者が持ってるその結晶石壊せって、ヴィが言ってる」

 安全圏でヴィオレッタを抱えて介抱していたフィリクスが叫ぶ。

「ヴィオレッタ、まだ喋れたんだ」

 ヘレナートは見せつけるように魔力の塊である結晶石を手に取る。

「まぁ、でもこの距離じゃ君の剣の射程範囲が」

 パンっと乾いた音がして、ヘレナートの手から結晶石が弾かれる。
 続け様に銃声が鳴り響き、空中に舞った結晶石が破裂音と共に粉々に砕け散った。

「……騎士が、剣以外使うとか有りなの?」

 テオドールの手に握られた小銃は紫煙を立ち昇らせ、その存在を主張する。

「傭兵上がりなもんで。長物が一番しっくりくるってだけで、特にこだわりはない」

「騎士道精神ゼロか」

「それ、実戦下で一体何の役に立つんだ?」

 肩をすくめてそう言ったテオドールは弾切れの銃を投げ捨て、再び剣を取りながら後方でまだ眠っているリーリエに叫ぶ。

「目を覚ませ、リーリエ! ここからは現実の時間だ」

 魔力供給の絶たれた魔法陣の中心で、リーリエはテオドールの声を聞く。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 限定特典は描き下ろしイラストのアイコンと待受で、サンプル画像すらまだ未公開。
 アレキサンドロスの謎に迫るという煽りにテンションが上がらないわけがない。
 ネットで解析班の予想をナナメ読みしながらワクワクしつつ、カフェオレを口にする。
その中の1つの記事に目が留まる。

「……遺書?」

 それは、女神の力を宿すという魔石についての考察だった。

「そういえば、いつも思ってた。なんでこの世界は、アレがないんだろうって」

 この世界? と自分で考えたその思考の不自然さに首を傾げる。
 そんな些細な違和感を覚えることが幾度かあったが、主要キャラのボイス実装という記事に目が移りすぐに忘れる。

「わぁーマジで楽しみなんだけどっ! テオ様どんな声してるんだろう。いずれにしても耳が幸せ過ぎるわ」

 そんな事を考えながら、アレ? と手が止まる。とても懐かしいよく聞き慣れた低い声が、私の事を呼んだ気がした。

『好きにしろ』

『本当に人の話を聞かない』

 とても失礼な物言いなのに、全然不快ではなくて、そのフレーズがひどく恋しく感じる。
 細く細く途切れそうなほどか細い記憶の線が私を『私』として引き留める。

『目を覚ませ、リーリエ!』

 今度ははっきりと聞こえそれに反応し、心が急速に動き出す。

 ああ、ここは今の私の"現実"ではない。

 そして、自分が誰なのかと彼の存在を思い出す。

「……迎えが来たなら帰らないと、ですね。また旦那さまから鉄拳喰らうの嫌ですし」

 クスッと笑った私は、リーリエとして目を覚ます。
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