生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 切っ尖をヘレナートに突きつけたまま対峙していたテオドールは、ヘレナートから視線を外さずそばまで来たリーリエに声をかける。

「リィ、無事か?」

「思っていた以上に目覚め最悪ですね。とんだ悪夢でございました」

 怒気を孕んだ声で、リーリエはそう返す。

「おかげで限定特典、描き下ろしイラスト見そびれて死んだの思い出しちゃったじゃないですか!? コラボカフェ行きたかったし、能力値アップ実装されるのずっーと楽しみにしてたんですけど!! 私のワクワク感どうしてくれるんですか!! 回収しそびれたテオ様の美スチルすっごい気になる」

 今まで見た中で一番酷い悪夢だったと心底悔しそうに叫ぶリーリエに、

「リィ、お前本当にブレないな。通常運転なようでよかった」

 テオドールは呆れたようなほっとしたようなそんな声音でそういった。

「そりゃもう! 前世から生粋のテオドール様ファンガチ勢ですから。今更スチル回収しようがないので、本人愛でて我慢します」

「……本人のが下なのかよ。そりゃ妬けるな」

 テオドールはリーリエと会話しつつ、ヘレナートからの攻撃を躱し、武器を薙ぎ払ってそのまま壁まで吹き飛ばし、壁に剣を突き立ててヘレナートを縫い止める。

「……なんで、普通に動けるのか聞いてもいい?」

 座り込んだヘレナートはリーリエを見上げて問いかける。

「精神を侵す神経毒が効かない理由、ですか? 対策済みだからに決まっているではありませんか」

 魔術師のやる事なんて、化かし合い一択だ。ヘレナートのように奇跡のような魔術式を構築して防いだわけではない。
 時間的に余裕があるわけではないと自覚しているリーリエは悟らせないように不敵に笑う。

「一致率70%、魔法陣はヘレナートが懐に持ってる魔石に入ってる」

 鑑定が済んだらしいフィリクスが、ヴィオレッタをリーリエのそばまで運び結果を告げた。
 本来、訓練を積みスキルレベルを上げている鑑定士であれば一瞬で読み解ける内容だが、フィリクスの鑑定には時間がかかる。
 それでも半年前よりマシになっているところを見ると、ヴァイオレットの前でいい格好をしていたのだろう。

「殿下にしては上出来です」

 私の前ではそんな努力一度もしなかったくせに、とリーリエは苦笑する。
 真実の愛とやらは怠惰な性格すら矯正させるらしい。

「描き間違えるなよ、魔術師」

「当然です」

 リーリエはフィリクスに抱えられている彼女に視線を向ける。
 リーリエが渡したヒールポーションと火傷治しのお陰で表面上回復しているが、魔力酔いのせいで顔は色を失っている。

「……ころ、さない……で。家族、なの……私の、たった……ひとり、の」

 絞り出すようなヴィオレッタの声がリーリエの耳に届く。

「可愛い女の子にそう懇願されては、死なせるわけにはいかないですね」

 ふふっと楽しそうに笑ってそう言った。
< 237 / 276 >

この作品をシェア

pagetop