生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「いつぞやとは逆ですね、ヘレナート様。旦那さま、術式組まれると面倒なのでこのまま抑えておいてください」

 リーリエはヘレナートに近づき、魔力の痕跡を辿って彼の懐に手を入れる。
 その瞬間、ヘレナートは歪んだ笑顔でリーリエの手を掴む。

「ほんと、いつぞやと逆。だから、君に返してあげよう」

 そう言って無詠唱で魔法を展開させる。

「ウォーターカッター、だっけ? これでおしまい」

 レオンハルトの言葉と共に大量の水がテオドールに向けて生成され、魔法が展開される。だが、それはリーリエが展開した水魔法の様に刃物のような切れ味を伴う事なく離散した。

「なん、で?」

 リーリエは目を見開くヘレナートに、魔力遮断の手錠をかけ拘束する。

「"起死回生"旦那さまのギフト、ですね。私も実物は初めてみました」

 "起死回生"奇跡的な確率で発生し得る偶発的な超常現象を無意識的に手繰り寄せられる"運"の強さ。

「砕いた結晶石の魔力粒子の存在が邪魔すぎて、高速振動がかからなかったようですね。ご愁傷様です」

 ニコッと笑ったリーリエはヘレナートから破損したアレキサンドロスを回収する。

「返せっ、それは」

「私に移植しても、ルカ様の意志も記憶も出てきませんし、生き返ることもありません」

 リーリエはヘレナートから取り上げたアレキサンドロスとフィリクスから回収したカケラを合わせて、水魔法で補完し球体を形作る。

「あとで、ご自分でお直しください。私レベルでは一時的な修復がやっとなので」

 リーリエはアレキサンドロスを手に思い出した記憶を語る。

「これは、ルカ様があなたに残した願い、のようなので」

 遺書、のようなものなのだろう。
 ルカがギフティだと仮定するなら、感情を読み解くのに長けているだけではギフトと呼ぶには特殊性が低すぎる。

「なんで、この世界には映像記録を残す術がないのだろうと思っておりました。本当は記憶も、記録も形作って残す術があったんです。その技術をあなたのためだけに使いたかったルカ様が自分の特殊な魔力と共に秘匿した」

 そして、それを再生させることができる媒体が女神の力を宿したアレキサンドロスの魔石という事らしい。
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