生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
感情の伴う記憶(ルカのそんざい)を全部そのまま維持して、継承されるように残した、というのが解析班の予想みたいですね」

 そしてそれは今、ヴィオレッタとレオンハルト中にある。双子は能力を分ける、というのは否定された事象のはずだが、人1人分の記録は容量が大きすぎたのだろう。
 リーリエ自身前世の自分一人分の記憶でさえ、重すぎて全部は維持できず、残っているほとんどが知識と興味のある事象だけで、そこに人としてあるはずの感情などは伴わない。

「感情や本来見えないものを悟る力、ルカの本質に近い記憶をヴァイオレットさんに、魔力やルカの性格的気質をレオンハルトさんが7対3の割合で受け継いでいるようですね。でも残念ながら、この世界でそれを完全再生するのは難しいようです。でも、あなたの"好奇心"なら、いつか答えに辿り着くでしょう」

 だから、大賢者は異世界転移を続けるのだ。
 いつか、また自分の最愛と再会するために。
 ヘレナートの魔力(そんざい)が尽きるのが先か、解を得るのが先かはわからない。
 だが、ルカからの難解な命題。その解を求める夢は、一人で生きるより寂しくないのではないだろうか。

「さて、ヘレナート様。選択のお時間です。全部持って一人で異世界へ転移するか、今ここで私と旦那さまにその生を刈り取られるか、どちらがお望みです?」

 転移魔法の展開ならお手伝いしますよとリーリエは付け足す。
 今この空間は魔力で満ち溢れている。
 転移の魔術式を描いて展開させるくらいならできるだろう。

「勝ち筋がないなら、希望を取る方が賢明、か」

 ヘレナートは白旗を上げて、そう選択をする。拘束を解かれたヘレナートは、

「この子たちの願いは、叶わないけど?」

 ヴィオレッタとレオンハルトを指してそう言う。

「それはまぁ、この世界に生きている住人でなんとかしますよ。生きてさえいれば、案外なんとかなるものなので」

 リーリエはそう請け負って、アレキサンドロスの中に封じてあった魔術式を読み取り、魔法陣を描き上げる。

「まぁ、楽しめたから。今回は良しとするよ」

 そう言って笑ったヘレナートはヴィオレッタとレオンハルトからルカと自分のデータをアレキサンドロスに移行させる。
 魔力を纏って空中に、浮くアレキサンドロスを魔法陣に落とし、

「それではヘレナート様いってらっしゃいませ。良い夢を」

 リーリエは魔力を発現させる。それは部屋中の魔力を吸い尽くし、消失した。

「終わった、のか?」

「……終わりました、ね」

 力が抜けてがくっと膝から崩れ落ちそうになったリーリエをテオドールが抱き止める。
その瞬間、リーリエが首から下げていた加護石入りの指輪がパキッと壊れた。

「遅延、効果が……切れたようです。テオ様、あと丸投げしていいですか?」

 遅延はその効果の発現を遅らせるだけで、なかったことになるわけではない。リーリエはこれから効果を発揮する身体に溜まった神経毒にため息をつきながら、意識を手放した。
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