生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 2人の間に流れる雰囲気が随分変わった、とルイスは思う。
 ああ、お互いに優しくし合うことを許し合ったのかと察し、これ以上ここにいるのは邪魔かと席を立つ。

「まぁ、何にせよリリも無事でよかったよ。ヴィオレッタの方も落ち着いてるし、なんとかなりそうだ。リリが回復したら、魔術師として」

「……無理、だと思う」

 リーリエはルイスの言葉を遮って、そう言った。

「リーリエ?」

 テオドールは自分の指に視線を落としているリーリエを不思議そうに見る。

「動きが、鈍過ぎる。私、もう魔術式描けないと思う」

 そう語るその声は淡々としていて、感情を反映させることなく事実だけを告げた。

「ごめんね。代わりにいい魔術師、紹介するから」

 リーリエはそう言ってなんてことないかのように笑う。
 リーリエがあまりにいつもと変わらない口調で、いつもと同じに笑うので、ルイスもテオドールもそれが事実なのだと嫌でも思い知らされた。
 リーリエはこの件についてそれ以上言葉を紡ぐことはなく、翡翠色の瞳からは涙のひとつもこぼれない。
 そんなリーリエにかける言葉が見つけられず、了承だけを告げてルイスは退室していった。

「リィ、指動かないのか?」

「いいえ、日常生活はすぐ送れるようになると思います。ただ、私の場合は制御ができなければ、指先の正確性が失われては、碌な魔法が使えない、と言うだけの話です」

 毒耐性はある程度積んでいるので大丈夫かと思っていたが、思っていた以上に重傷だった。
 起きた瞬間すぐに分かった。指先から腕まで感覚がまるで違う。自身の魔力の流れすら正確に把握できない。
 そしてこれは、訓練やリハビリで改善するものではないことも、すぐに理解できた。

「そんな顔しないで。ただ魔法が使えないと言うだけだから。ほら、テオ様も言ってたじゃないですか! 私多才だから、別に魔術師じゃなくても」

 リーリエの言葉を遮ってテオドールは彼女を抱きしめる。

「痛いですよ、テオ様。大丈夫! 生きてただけで儲け物というか、なんてこと」

「無理して、笑わなくていい」

 なんてことない、なんてはずがない。
 リーリエがどれほど魔術師である事に誇りを持っていたか、彼女が足りない魔力を補うためにどれほど努力してきたか、テオドールは知っている。

「ごめん、ね。もう、私きっと、役に立てない」

「リーリエが謝る必要なんて、ないだろう」

 テオドールは身体を離して翡翠色の瞳を覗き込む。困ったように笑うリーリエは、

「こんな時、どんな顔をすれば良いかわからないわ。本当に、ごめんなさい」

 静かに、つぶやくようにそう言った。
 悔しいとか、悲しいとか、きっと沢山の感情があるはずなのに、リーリエはそれらは表に出すことなく、ただただ笑っていた。

「リィ……」

「屋敷に、帰りたいです。ここに一人でいるのは、ちょっと嫌、かな」

 テオドールの困惑したような、苦しげな表情を見ながら、リーリエは静かにそう伝える。

「……分かった。帰ろうか」

 テオドールの言葉に頷いて、リーリエはとても綺麗に笑っていた。
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