生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「私を買いませんか? 王女殿下。私、かなり有能ですよ」

 そう言って不敵に笑うその翡翠色の瞳に、ヴィオレッタは目が奪われる。
 彼女の有能さはカナン王国に潜伏していた時から知っている。そして、この国に君臨する腹違いの兄が彼女のことを重用していることも。

「でも、あなた魔術師としてはもう」

「ええ、離婚並びにカナンへの強制送還が確定しております。だから、今次の一手を打っておく必要があるのです」

 リーリエは、自身の左手の薬指の指輪を撫でる。
 どう見てもおもちゃの指輪なのに、それを撫でる手つきは宝物に触れるようで、彼女の顔は幸せそうだった。

「復讐ではない王女殿下の望みを叶えて差し上げます」

 リーリエはそう言ってヴィオレッタに楽し気に提案する。

「愛する方との結婚。大切な家族の平穏な毎日。やりがいと存在を搾取する一族の在り方の是正。赤字領地の改革。高火力な魔力ありきな体制からの脱却。考えるだけでわくわくしませんか?」

 それは、ヴィオレッタがそうであればいいなと願う未来の形。

「どうぞ欲張ってください。あなたはヒロインで、お姫様なのですから」

 そして、リーリエはそれを叶えるだけの支援を行うという。

「それだけのものを私に差し出して、あなたは一体何を得るの?」

「私の欲しいものなんて、ずっと変わらないのです」

 ふふっと楽しそうに笑う翡翠色の瞳はここではない遠くを見つめていて。

「平穏な毎日を享受して、推しの活躍を愛でる。あれだけ悩んでいたのに、離婚届を書く瞬間に気づくなんてとても間抜けな話なのですが、でも気づいてしまったらもう手放せそうにないので」

 リーリエは決めた目標を握り締めるように左手を右手で包む。

「私、諦めの悪さには少々自信がありまして」

 晴れやかにそう笑いリーリエは、ヴィオレッタに手を差し出す。

「離婚届は叩きつけられましたが、”好きにしろ”と言われた言葉は撤回されていませんし、せっかく自由を手にするのなら私は私の思うがままに”好きにしよう”と思うのです。というわけでお姫様、私と一緒に全部を掴みに行きませんか?」

 ああ、この手を掴んだらきっと楽しいことが起こる。
 直感的にそう感じたヴィオレッタは心の底から楽しそうに笑って、差し出された手を取ることに決めた。
< 249 / 276 >

この作品をシェア

pagetop