生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ていうか、リィ冷たっ。身体冷えすぎだろ」

「誰かさんが往生際悪く、こんな状態になっても出てこないからでしょ」

 本当に私の旦那さまは手がかかりますね、とそういうリーリエの翡翠色の瞳は楽しそうで、テオドールは蜂蜜色の髪を大切そうに撫でた。

「部屋、すぐ使えるようにして来るから、とりあえず俺の部屋で温まって待っていてくれ」

 別邸にリーリエが来た時に使うゲストルームに暖を入れに行こうとするテオドールの服を引っ張り、リーリエはそれを制止する。

「私、まだ来訪目的言っていませんが」

「? 文句言いに来たんじゃないのか?」

 用件済んだだろと疑問符を浮かべるテオドールにリーリエは首を振る。

「まさか! たった一言文句言うためだけに来ませんよ。嫌がらせをしに来たに決まっているじゃありませんか」

 私いきなり離婚届を叩きつけられたのですよ? とリーリエはため息を漏らす。

「許すんじゃなかったのかよ」

「それとこれとは話が別です。一緒に居たい、選んで欲しいと人に選択権寄越しておいて、いきなり反故にされたのですよ? 反旗を翻して、嫌がらせの一つもしなければ気が済みません」

 リーリエはきっぱりそういい、左の薬指の指輪を撫でる。

「それとも、嫌がらせのひとつも許容して頂けない程度のお気持ちでしたか?」

 しゅんっと目を伏せるリーリエに若干慌てたテオドールは、即座に否定する。

「はぁ、今回は俺が悪い。好きにしろ」

 テオドールは甘んじてリーリエからの嫌がらせを受け入れる方向で白旗をあげた。

「で、嫌がらせは何されるんだ?」

 またどこかの国の衣装を着付けられるのかと諦めモードのテオドールがリーリエに尋ねると、彼女はやや緊張した面持ちでテオドールを見上げ、

「あなたの妻だった、という思い出をください」

 と、はっきりそう言った。

「リィ?」

 リーリエのいう言葉に驚き、テオドールは彼女の名前を呼ぶ。
 リーリエはそのままテオドールに抱き着き、その腕の中に納まる。

「あなたの妻でいられるのは今日しか、ないから」

 消えてしまいそうなほど小さな声で、リーリエはそうつぶやく。

「部屋に、入れてくれないんですか?」

 リーリエを抱きとめたまま動かないテオドールに、リーリエはそう尋ねる。

「意味、分かって言っているのか?」

 リーリエを抱きしめる腕に少し力を込めたテオドールは、確認するようにそう尋ねる。

「分からず口にするほど、子どもではありません」

「部屋、入れたら多分リィが嫌がってもやめられる自信ないんだが」

「不要な心配ですね。今日しかないって言っているじゃないですか」

「後悔、しないのか?」

「私はしませんけど、旦那さまは、後悔してくださいね。嫌がらせなので」

「優しくできる気がしない」

「いいですよ。一生忘れられないくらい、痛くしてくれて」

 何を言っても決意が変わらないことを悟り、テオドールはリーリエの翡翠色の瞳を覗きこむ。

「他に懸案事項は?」

「明日、二人そろって遅刻したらどうする気だ?」

「その時は、二人そろって”ごめんなさい”しましょ?」

 楽しそうにそう言ったリーリエの手にテオドールは自身の手を絡める。

「明日、寝不足だなんて文句言うなよ」

 そう言ったテオドールは、リーリエの手を引いて、部屋に招く。
 そして、ぱたんと小さな音を立てて、ドアが閉じた。
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