生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
テオドールは清々しいほどのリーリエからの拒絶に固まる。
「…………俺が言うのもなんだが、普通ここは素直に頷かないか?」
「自分で離婚届叩きつけて手放した相手に、むしろなんで頷いてもらえると思っているのですか? 旦那さまって意外と世間知らずな上に夢見がちでいらっしゃいますね」
「それは……まぁ、弁解の余地は無いが」
他にリーリエが魔術師に戻れる方法が思いつかず、良かれと思って選んだのにこの仕打ち。
昨日は確かに通じ合ったと思った彼女は、一瞬にして手の中からすり抜けて行く。
表情を暗くして言い淀むテオドールに、リーリエはこれみよがしにため息をつくと、説教を始める。
「良いですか、旦那さま。本日を持って私達は書類上赤の他人です。つまり、ここを出ればもうあなたは私の旦那さまではないわけです。あなたは明日でも、私も半年もすれば誰とでも婚姻が結べてしまうわけですよ。最も、王族と2回も婚姻がダメになっている私は名実共に傷物令嬢。そんなお荷物、公爵家が保護するはずもなく、売却先はよくて側室か後妻。まぁ、愛妾かよほどの訳あり物件にあてがわれる可能性が高いですね。ただ待っていたら破滅エンドしかないじゃないですか。その可能性、離婚届を書く前に一瞬でも考えました?」
翡翠色の瞳にじっと見つめられ、テオドールはだんまりを決め込む。そんなテオドールを見て、リーリエは肩をすくめる。
「そんなだから、お父さまに簡単に喰われるのですよ。私の生徒はまだまだ詰めが甘いようでございますね」
ふふっと楽しそうにリーリエは笑う。
くるくると変わるリーリエの表情を彩る翡翠色の瞳は、愛おしそうにテオドールを見つめる。
「私は、自分の意思でこの国に来ました。もし次があるなら、その時も私は自分の足でここに来ます。待ってなんかあげません。そんないつかが来る保証なんてどこにもありませんが、旦那さまこそ、せいぜい、首を洗って待っていてくださいませ」
リーリエは心底楽しそうにテオドールにそう宣言する。
「じゃあ、勝負だな。俺が辿り着くのが先か、リィが逃げ切るのが先か」
リーリエの宣言を受け、青と金の瞳が好戦的に笑う。
「あら、カナン王国、宰相が娘で、あなたのチューターだった私に勝負をしかけますか。では、全力で叩き潰して差し上げなくてはなりませんね」
それに応えるように、翡翠色の瞳は楽しそうに輝き、勝負を受ける。
「何を賭けます?」
そう尋ねられたテオドールは、リーリエの左手の薬指に嵌められた指輪にキスを落とす。
「互いの、これから先の空白の時間を賭けて」
「承知致しました。負けてなんか、あげませんから」
リーリエは淑女らしく完璧なカテーシーを行い、凛とした声でそれを受けた。
「それじゃあ行こうか、リーリエ」
テオドールがもう自分の事をリィと呼ぶ事はない。リーリエは縋り付いて泣きそうになる自分を抑えて、綺麗に笑う。
「ええ、テオドール殿下」
この人の中に残していく自分は、テオドールが望んだ姿でありたい。
それが、リーリエの淑女としての矜持だった。
「…………俺が言うのもなんだが、普通ここは素直に頷かないか?」
「自分で離婚届叩きつけて手放した相手に、むしろなんで頷いてもらえると思っているのですか? 旦那さまって意外と世間知らずな上に夢見がちでいらっしゃいますね」
「それは……まぁ、弁解の余地は無いが」
他にリーリエが魔術師に戻れる方法が思いつかず、良かれと思って選んだのにこの仕打ち。
昨日は確かに通じ合ったと思った彼女は、一瞬にして手の中からすり抜けて行く。
表情を暗くして言い淀むテオドールに、リーリエはこれみよがしにため息をつくと、説教を始める。
「良いですか、旦那さま。本日を持って私達は書類上赤の他人です。つまり、ここを出ればもうあなたは私の旦那さまではないわけです。あなたは明日でも、私も半年もすれば誰とでも婚姻が結べてしまうわけですよ。最も、王族と2回も婚姻がダメになっている私は名実共に傷物令嬢。そんなお荷物、公爵家が保護するはずもなく、売却先はよくて側室か後妻。まぁ、愛妾かよほどの訳あり物件にあてがわれる可能性が高いですね。ただ待っていたら破滅エンドしかないじゃないですか。その可能性、離婚届を書く前に一瞬でも考えました?」
翡翠色の瞳にじっと見つめられ、テオドールはだんまりを決め込む。そんなテオドールを見て、リーリエは肩をすくめる。
「そんなだから、お父さまに簡単に喰われるのですよ。私の生徒はまだまだ詰めが甘いようでございますね」
ふふっと楽しそうにリーリエは笑う。
くるくると変わるリーリエの表情を彩る翡翠色の瞳は、愛おしそうにテオドールを見つめる。
「私は、自分の意思でこの国に来ました。もし次があるなら、その時も私は自分の足でここに来ます。待ってなんかあげません。そんないつかが来る保証なんてどこにもありませんが、旦那さまこそ、せいぜい、首を洗って待っていてくださいませ」
リーリエは心底楽しそうにテオドールにそう宣言する。
「じゃあ、勝負だな。俺が辿り着くのが先か、リィが逃げ切るのが先か」
リーリエの宣言を受け、青と金の瞳が好戦的に笑う。
「あら、カナン王国、宰相が娘で、あなたのチューターだった私に勝負をしかけますか。では、全力で叩き潰して差し上げなくてはなりませんね」
それに応えるように、翡翠色の瞳は楽しそうに輝き、勝負を受ける。
「何を賭けます?」
そう尋ねられたテオドールは、リーリエの左手の薬指に嵌められた指輪にキスを落とす。
「互いの、これから先の空白の時間を賭けて」
「承知致しました。負けてなんか、あげませんから」
リーリエは淑女らしく完璧なカテーシーを行い、凛とした声でそれを受けた。
「それじゃあ行こうか、リーリエ」
テオドールがもう自分の事をリィと呼ぶ事はない。リーリエは縋り付いて泣きそうになる自分を抑えて、綺麗に笑う。
「ええ、テオドール殿下」
この人の中に残していく自分は、テオドールが望んだ姿でありたい。
それが、リーリエの淑女としての矜持だった。