生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 すでに受理の済んでいる離縁の宣言は拍子抜けするほどあっさりしていて、滞りなく出国の手続きは完了した。
 リーリエは、最後まで涙を流す事なく、淑女らしく凛と背筋を伸ばしてそこにいた。
 テオドールと言葉を交わし、見送られ、馬車で陸路をかけ、数日かけてたどり着いたアシュレイ公爵家の自分の部屋で1人きりになって、初めてリーリエは涙を流した。
 声を殺したまま、ただただ泣いて、自身の左手の指輪を撫でる。 

 公爵家に戻って、妹のシャロンにあっさりとかけられた治癒魔法で取り返した魔術師としての未来。
 それと引き換えに失ったものの大きさと痛みに耐えて、泣き続け、涙が枯れたとき、リーリエは鏡の前に立ち、ぼろぼろになった自分の姿を見て、呆れたように笑った。

「こんな姿、あの人には見せられませんね」

 リーリエは目を閉じてテオドールの事を思い浮かべる。

 本当は離れたくなどなかった。

 ずっと、側に居たかった。

 誰にもその隣を譲りたくない。

 これほどまでに強い独占欲と執着が自分の中にあった事をリーリエは初めて知った。
 先日愛し合った時に彼に残した爪痕は、もう消えてしまっただろうかと、自身の身体に薄っすら残るテオドールに付けられた痕を思いながらそんな事を考える。

 リーリエは目を開ける。
 彼が好きだと言った、翡翠色の瞳を持つ鏡の中の自分と目が合う。
 リーリエはパチンと頬を叩き、気合いを入れる。

「さぁ、それじゃあ、そろそろ楽しい事からはじめましょうか?」

 そうして、リーリエは立ち上がる。
 再び、最愛の推しと巡り逢うために。
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