生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「結婚と言えば、ヴィオレッタ様とフィリクス様のご成婚おめでとうございます。これでカナンとアルカナの同盟は更に強化されますね」

「……仕掛けといてよく言うよ」

 ふふっと笑って沈黙を貫くリーリエの後ろには、ノワール侯爵家を名代として治める フィオナの存在とヴィオレッタが付いている。
 ノワール侯爵家の独自ルートを独占し、隣国と自国を行き来するリーリエを許容しているのは、それがアルカナの発展のために必要だとルイス自身が感じているからだ。

「まぁ、心配しないでください。私とフィーの生徒はとても優秀なので」

 翡翠色の瞳は楽しそうに笑ってそう言った。
 リーリエが持っているそれらは、いずれレオンハルトに引き継がれるのだろう。だからルイスはそれまで知らないフリをすることにした。

「リリ、髪伸びたな。昔くらいの長さじゃない?」

 ルイスはリーリエの蜂蜜色の髪を見る。
 蜂蜜色のその髪は一部を編み込み、綺麗に整えて邪魔にならないよう髪留めでまとめられており、今は3年前と同じ腰の辺りまで伸びている。

「離縁後にリリがばっさり切った時は、何事かと思ったけど」

 ルイスは思い出したようにそう笑う。あれはあれで似合っていたのだが、ショートカットの令嬢なんてまずいない。
 思い切りが良すぎるほど短くなった髪を見て、どうしたのかと尋ねれば、

『失恋したときって切るものでしょ』

 と当たり前にそう言った彼女にどこの風習だよとツッコミんだのはもう遥か昔だ。

「そうねぇ、最近忙しくて」

 自身の蜂蜜色の髪をくるくるといじりながら、確かに伸びたなとリーリエは思う。
 この髪を好きだと優しく撫でる指先が恋しくなるから切っていたのに、もうそんな事をしなくても平気になっている事実に胸が痛む。
 こうして月日の流れとともに一つずつ平気な事が増えていって、何も残らなかったらどうしようとリーリエはたまに怖くなる。
 自分がそうであるように、彼もまたそうであったら、と。

「そういえば爵位授与されるって聞いたけど、すごいな」

 ルイスの言葉に現実に引き戻され、リーリエは頷く。

「うん、ずっと考えてたの。魔法伯。やっと条件そろって、今度授与されるわ」

 一代限りの名誉爵位で、領地などは与えられないが、その身分は魔術師としての地位を確約してくれる。

「これで大手を振って公爵家を出られる」

 そのためにこの3年、ずっと頑張ってきた。
 誰にも脅かされずに自分自身で立てる力が欲しい。
 あの日、テオドールの手を離すしかなかったあの瞬間に願った事の一つがようやく叶う。
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