生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「アシュレイ公爵家、出るの?」

 意外そうにルイスがそう聞き返す。

「レヴィウス様が立太子されてシャロンも王太子妃確定だし、リュオンもデビュタントを終えて着々と自分の道を歩んでいます。いつまでも出戻りの私が居座るわけにはいかないでしょ?」

 守らなくてはと思っていた弟妹たちも、もう立派に成長を遂げている。
 公爵令嬢としての責務も父からの課題も充分果たしたつもりだ。
 だから、リーリエは次の段階に進もうと思う。

「そっか。ところで、あいつ今日非番なんだけど会っていかないの?」

 非公式で来てるんだし、会えば? とさらっと爆弾を放り投げてくるルイスにリーリエは苦笑する。

「どの面下げて、でございましょうか?」

 会う気はないと、リーリエは告げる。
 あの日、別れた時から彼を思わなかった日はない。

 会いたい、会いたい、会いたい、会いたい。

 会えない、会えない、会えない、まだ、会えない。

 幾度となく、それを繰り返して気付けば3年の月日が流れていた。

「意地っ張りだな、リリは。そんなおもちゃの指輪、未だに外せないでいるくせに」

 リーリエは視線を手元に落とす。
 確かなものはこれしか、もう残っていないのだ。

「ふふ、ただ単純にデザインが気に入っているだけですよ」

 そう言ってリーリエは笑顔で本音を隠す。

「まぁ、いいけど。あいつ、今すごい縁談の申し込み数で、長蛇の列だよ? なんせどっかの誰かさんがギフティに関する研究成果出しちゃったもんだから」

 ルイスの揶揄うように話す内容にリーリエの胸は痛みを覚えたが、リーリエは気づかないフリをした。
 リーリエは今春ヘレナートやテオドールだけでなく、過去の歴史を紐解きギフティに関する知見とその有用性について他の研究者と合同で発表した。
 名声の高まっていたリーリエの名を筆頭として配信されたそれは、あっという間に広がり、隣国から死神の名はいつの間にか消えていた。

「私がギフティの研究成果を出さなくとも、王弟殿下への縁談はいくらでもあったでしょう? とても素敵な方ですから」

 別にギフティの研究結果が広がらなかったとしても、彼が死神と呼ばれなくなるまで時間はかからなかったとリーリエは思う。
 別れた日に宣言した通り、テオドールはあっという間に地位を確立していった。
 ルイスの即位とともに臣籍に下ったテオドールは公爵位を得て、22歳という歴代最年少で騎士団総隊長の座に上り詰めた。それからの2年、彼の活躍を挙げたらキリがない。
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