生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「そんな悩みも今日でおさらばね。誰も隣に侍らせる必要がないなんて、権力って素敵ね」

 鈴の鳴るような声で、冗談めかしてそう笑うリーリエを見てラナはため息をつく。多分それは紛れもないリーリエの本音なのだろう。

「リィ様、一生そうやって一人で立ち続けるおつもりですか?」

 リーリエは淑女らしく、完璧な笑みを浮かべ、沈黙する。

「それほどまでに想うなら会いに行かれたらよかったではないですか」

 沢山の功績をあげて、沢山の権力者に請われ、自分で立てるだけの力をつけた。
 それでも3年前『自分の足で会いに行く』と言ったそれをリーリエは実行する気がない。

「私はただのファンなの。推しが幸せならそれでいいの」

「すっかり臆病になられて、リィ様らしくもない」

 ラナの言うとおり、臆病になったのかもしれない。
 でも、リーリエはそれが悪いとは思わない。計算だけで人間関係が成り立つわけではないと知った自分は、知る前よりも他者の気持ちを慮るようになった。

「人は変わるものよ。私も、あの人も。それでいいの。この世界のどこかで、平穏な毎日を享受して、幸せでいてくれたらそれでいいのよ」

 しぃっと指を唇につけて、リーリエはそう笑う。
 18歳で恋を知り、自分の落ち度で手を離した。
 自分より早く自由を手にしたはずのテオドールから知らせがないのなら、それが彼の答えなのだろうとリーリエは解釈する。
 それなら、それで構わない。メインキャストの彼が傍観者の自分とあの日終わった関係を無理に続ける必要はどこにもないのだから。
 諦めの悪さを自負していたが、テオドールにあれほど沢山の選択肢と未来がある今、本来出会うはずのなかった私を選んでなんて言えるほどリーリエは自分に自信がなかった。
 20歳を過ぎ、破滅エンドを回避して、ゲームのシナリオの外、空白の時間を手にしたリーリエは、今日を持ってテオドールとの勝負を降りることに決めた。
 いつかこれで良かったのだと言える日が来ると信じて。

「ご武運を」

「ええ、自由を手にしに行ってくるわ」

 ラナの言葉に頷いて、カツンっとハイヒールを鳴らし不敵に笑ったリーリエは、そう言い残して部屋を後にした。
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