生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 叙爵式は滞りなく済み、リーリエは無事魔法伯の爵位を賜った。だからと言って何かが急に変わるわけではないけれど、今までの頑張りが形として、手にあるのは悪くないなと思う。
 レセプションは諸外国の要人も招いているので割と盛大で、これなら抜け出すのも楽だなとリーリエは笑顔で対応しながらタイミングを計る。

「リリ、魔法伯授与おめでとう」

 人が捌け、リーリエが離脱しようとしたタイミングで見慣れた菫色の髪をした可憐で可愛い女性に声をかけられた。

「ヴィ、ありがとうございます」

 ヴィオレッタとそれをエスコートするフィリクスにリーリエは淑女らしく美しい礼をする。
 ヴィオレッタとはこの3年でお互い敬称なしの愛称で呼び合うほど仲良くなった。最愛の旦那様の隣で心から笑う彼女は、可愛いだけじゃない素敵な淑女になったなとリーリエは思う。

「ヴィも、すっかりフローレンス夫人ですね。フィリクス様に泣かされるような事が有ればご一報ください。闇に葬りますので」

「人の旦那の殺害予告やめてくれる!? リリが言うとシャレにならないわ」

 リーリエの有能さを知っているだけに絶対敵には回さないと決めているヴィオレッタは、フィリクスを庇うようにその腕を取る。

「心配しなくてもフィリクス様はいつだってお優しい素敵な旦那様です。最近はお仕事だって、スキルアップの訓練だってとっても頑張ってるんだから」

「元第一王子の頑張りなんて、超今更感しかないんですけど、まぁ愛妻家なのでその点は良しとしましょう」

「爵位獲得の推薦状フローレンス公爵家(うち)から出したって言うのに、酷い言われよう」

「まぁ、その節は確かにお世話になりましたけど、正当な対価なので恩着せがましく言われるのは心外ですね」

 喧嘩なら買うけど、表に出る? とリーリエが笑顔のまま動作で示すので、ヴィオレッタはフィリクスにあなたは黙っててと目で合図をする。
 主導権はしっかりヴィオレッタが握っているようなので、フローレンス公爵家の将来も安泰だなとリーリエは内心で笑った。

「お兄様も来れたらよかったのだけど。残念がっていたわ」

 面倒見のいいルイスが妹が増えたとヴィオレッタを王籍に迎えて3年。
 ヴィオレッタとルイスの良好な兄妹関係は今も続いている。おかげでヴィオレッタとフィリクスの国を挟んだ政略結婚は、婚約から成婚までなんの問題もなく成立させることができた。

「まぁ、陛下はお忙しいですから。そのうち私がまたふらっと会いに行きますよ」

 推し達の活躍により、それができるくらいカナン王国とアルカナ王国の2国間の関係は安定している。
 その事実が、リーリエは何より嬉しい。

「ところで、リリはどこに行く気なの? 今日の主役でしょ?」

「式典終わったし、挨拶まわりも済んだので、そろそろバックれようかと。ほら、ホールでダンスも始まってますし、おふたりも行かれては?」

「リリは? 踊らないの?」

「パートナーがおりませんし、このドレスでは難しいですね」

 そもそもダンス好きじゃないしとリーリエは固辞する。

「そんな、主役が中座なんて」

「今日爵位授与されたのは私だけではありませんし、一人くらい抜けても問題ありませんよ」

 現にメインホールからリーリエが抜けても宴は問題なく進んでいる。

「お料理とスイーツ食べた? とっても美味しかったわよ」

「特にお腹は空いておりませんので。食事より正直今すぐ帰って明日の準備をしたい」

 ヴィオレッタの精一杯の引き留めをにべもなくスパッと断るリーリエ。
 えーっとえーっと、ヴィオレッタが悩んでいる姿が愛くるしくて可愛いのでしばらく足を止めていたが、あからさま過ぎる時間稼ぎにリーリエは訝しむ。
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