生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ヴィ、あなたの悩む姿は非常に可愛いですが、隣であなたを愛でるフィリクス様の視線がそろそろ鬱陶しいので、この辺で失礼しますね」

 そろそろ潮時だなとリーリエは礼をして踵を返す。
 リーリエが背を向け歩き出したところで、

「リーリエ」

 と、とても懐かしい声がそう呼んだ。
 振り返れば、やや息を切らせて黒い髪を乱れさせた青と金の瞳と目が合った。

「テオドール、遅いっ!! もう、引き留めるの大変だったんだからね」

「文句ならルイスに言え。名代とかいって渡しておきながら当日まで仕事詰め込みやがって。あいつのせいで授与式見そびれたじゃねぇか」

 ヴィオレッタの文句を受け流しながら、テオドールはそう漏らす。
 そんな2人のやりとりを見ながら何となくこうなる気がしていたリーリエは、キチンと決着をつけるべきかと腹を括った。

「さて、無事役目を果たしたし、私は最愛の旦那様とダンスでも楽しんでくるわ」

 そう言ってリーリエに近づいてきたヴィオレッタは、リーリエの耳元で囁く。

「これで、借りは返したから。立ち止まるなんてあなたらしくない。幸せは自分で掴みに行って頂戴」

 と、何ともカッコイイヒロインからのエールを頂いてしまった。
 2人が去って、テオドールと取り残されたリーリエは立ちすくむ。

「リーリエ、今何考えているか当ててやろうか?」

 揶揄うような口調でそう言って近づいてきたテオドールは、

「ヴィオレッタ推せる、だろ?」

 と笑う。
 そんなテオドールを見上げたリーリエは、周りの人に聞こえないように淑女の仮面をつけたまま小声で話す。

「ヴィオレッタ様カッコよすぎか!? 今のセリフ着ボにしたい!! 耳が幸せかっ。もうフィリクス様には勿体なさすぎる。むしろ私が結婚したいっ。と言うわけでちょっと略奪目指してアプローチしてこようかと思います。ヴィオレッタ様使って一儲けできそうな気がする、って感じでしょうか?」

「…………お前のそう言うとこ、ホント変わんないな。あと、国際問題になるからやめてくれ」

 20歳過ぎたんだからちょっとは落ち着けよと呆れた口調でそう言ったテオドールに、半分以上は冗談ですと笑ったリーリエは、淑女らしく礼をする。

「アルカナ王国王弟殿下テオドール様にカナン王国宮廷魔術師リーリエ・アシュレイがご挨拶申し上げます。今を時めく王弟殿下のご尊顔を拝する栄誉を賜り、光栄にございます」

「めちゃくちゃ他人行儀だな」

 テオドールはそう言って眉間に皺を寄せる。

「正しい距離だと思っております」

 かつて生贄姫や死神と呼ばれ、夫婦であったのは既に過去で。
 彼は将来有望な王族で。
 自分は一介の魔術師で。
 爵位を取ってみたところで、広がった溝は埋まらないだろう。

「2人で話がしたい」

「私も、お話ししたいと思っておりました」

 ここでは人目が多すぎる。
 テオドールが何を話すにしても、かつての政略結婚の相手同士がここで2人並んでいるのはテオドールの心象を悪くするかもしれない。
 そう判断したリーリエは、テオドールについて来るように促した。
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