生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

116.生贄姫は未来を所望される。

「てっきり庭園にでも行くのかと思っていたんだが」

 夜の散歩が好きだったリーリエのことだから外でも歩くのかと思っていたが、連れて来られたのは城内にある宮廷魔術師の研究棟の一画だった。

「あんな密会スポットに行きたいんですか? こんな催しやってる夜の庭園なんて至る所夜の男女の社交2次会会場じゃないですか」

「それは流石に偏見が過ぎないか?」

「残念ながら、一定数ハメ外す人間っていうのはいるんです。警備に駆り出された時の私の摘発率ほぼ100%ですよ」

「……見逃してやれよ」

「こっちも仕事なもので。稀に事件性のあるものもありますからね」

 その場合は落としますけど、とやや殺気だった声でリーリエがつぶやく。
 どこをとは言わないが、リーリエの目が本気だったので、過去実際にあったのだろうなと察したテオドールは追求しなかった。

「庭園自体は見事なものなので、日中の散策をおすすめします。今夜はコチラで我慢してください」

 そう言って研究棟を抜けた先、リーリエがドアを開けると空中庭園が存在した。

「まぁ、実験用なんですけどね。特に夜は誰も来ないので穴場なんです」

 本当は部外者立ち入り禁止なので、特別ですとリーリエは笑ってテオドールを案内した。
 人の気配がない事は確認したが、念のため盗聴防止魔法と人払いの目眩しを併せた魔道具を起動し、空中庭園全体に魔術式を展開する。

「すっかり、元通りだな」

「おかげ様で、魔術師として爵位を頂けるほど回復いたしました」

 3年前のテオドールの選択と彼からもらった未来の結果を肯定するようにリーリエは頷く。

「王弟殿下のご活躍はカナンにも轟いておりますよ。お嬢様方の熱い視線と黄色悲鳴を独り占め、社交界で一番の注目の的ですね。私も王弟殿下のファンなので、今後も推しの活躍を楽しみにしておりますね」

 決して近づいて来ず、名前すら呼ばないリーリエにテオドールはため息をつく。

「……勝手に、勝負を降りるなよ」

「子どもの戯言でした。どうぞ、お忘れください」

 人は変わる。
 3年も有れば、なおのこと。
 リーリエの周りが随分変わったように、テオドールを取り巻く状況だって同様だ。
 死神と呼ばれなくなって、多くの人に望まれるようになったテオドールを引き留められるほどの物をリーリエは持っていない。
 アシュレイ公爵家を出て国を去る前に、最後に顔を見て言葉を交わせただけでも僥倖だろう。

「なら、これはもう不要だな」

 テオドールに左手を取られ、指輪に触れられる。

「返してもらおうか」

 テオドールにそう言われ、リーリエは息を呑む。テオドールの左の薬指にリーリエの名の刻まれた指輪がないことは、会った瞬間に気づいていた。

「コレ買ったの私なんですけどね。でも、まぁ、返せと言うなら返します」

 想うことすら許されないというのなら、こんな不毛な想いは終わらせるべきなのだろう。
 リーリエは約3年ぶりに指輪を外した。
 そして、テオドールの掌に乗せる。

「お返しします」

 淑女の仮面を被った、完璧な笑顔でリーリエはそう言った。
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