生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「名代で来られたのはルゥの計らいですか? あとでルゥにはお礼を言いませんと」

「待て。何であいつは愛称で呼んでるのに、俺の事は名前すら呼ばないんだ」

「だって、ルゥは幼馴染ですが、王弟殿下とは他人ですし。本当はリィと呼ばれる資格もないのですよ」

 一介の魔術師がお名前を呼ぶだなんて恐れ多いと落ち着きを取り戻したリーリエはごく当たり前にそう言う。

「……………そういうやつだよ、お前は」

 本当に徹底してるなと眉根を寄せたテオドールは、やや拗ねた口調で文句をいい、ため息を漏らした。

「俺が今日何しに来たか分かるか?」

「お祝いに来てくれたのではないのですか?」

「有能な魔術師に仕事の依頼に来たんだ」

 仕事、と聞いてリーリエは疑問符を浮かべる。

「申し訳ありませんが、コンサルタント事業は現在休止しておりますので他をお当たりください」

「……なんでそうなった」

「公爵領の運営で行き詰まってらっしゃるのかなと。もしくは騎士団関係? 私今結構立て込んでいるのでいずれも難しいかと」

 宮廷魔術師の退職手続きと引き継ぎ、国外での魔術師としての活動拠点の確保に伴う煩雑な手続きの真っ最中のリーリエは、正直これ以上仕事を抱える余裕がないので、テオドールの依頼を内容を聞かず断った。

「違う。まぁ、そっちも大変なんだが」

 そう言って苦笑ながらテオドールはリーリエの左手を取ると薬指に指輪をはめる。

「サイズ変わってなくて良かった。まぁ変わってたら合わせればいいだけなんだけど。いつまでも、おもちゃの指輪つけさせておくわけにはいかないし、一応リィの好みに合わせたつもりなんだけど」

 驚くリーリエの顔をテオドールは満足気に見てそう言った。
 それはとてもリーリエ好みのシンプルで可愛いらしいデザインの指輪で中央にブルーダイヤがあしらわれていた。

「重さも今までつけてたやつと同じに調整してもらった。コレに名前入れてくれないか?」

 そう言ってテオドールはもう一つペアになっている指輪をリーリエに渡す。

「俺の気持ちは、3年前から変わってない。結婚して欲しい」

 青と金の目は真っ直ぐにリーリエの目を見つめる。

「リィが好きだ。愛だけを囁いて、ただリィを愛でるだけの甘い生活を与えることは俺にはできないし、きっと泣かせる事もあると思う。それでも、リィが望む平穏でありふれた毎日を享受できるように、俺も一緒に努力したい」

 テオドールはリーリエの頬にそっと触れる。

「これから先のリィの空白の時間が欲しい。そろそろ観念して、俺の妻になってくれないか?」

 テオドールからのプロポーズに、リーリエは目を伏せる。
 本当は直ぐにでも頷いて、その腕の中に入ってしまいたかった。でも、と臆病になった自分が3年前を思い出し、待ったをかける。

「私、すごく欲張りなんです」

 翡翠色の瞳はテオドールを見つめて、言葉を紡ぐ。

「愛した人の手はこれから先何があっても離したいと思わないし、他の人に取られるなんて絶対嫌だから側室も愛妾も許容してあげられないし、きっとそんな子どもじみた独占欲であなたに窮屈な思いをさせますよ」

「リィにそこまで執着してもらえるなら、頑張った甲斐があったな。リィは知らないだろうが、俺の方が独占欲強いから」

 ククッと喉で笑ったテオドールがそう言ってリーリエにはめた指輪を撫でる。
 リーリエの指は魔術師としての生命線。それをこれから先もずっと縛る気なのだから。

「側室も愛妾も不要だ。何度でも言うが、俺が隣に置きたいのはリィだけだし、これからが欲しいのもリィだけだ」

「3年前はあっさり1人で決めて手を離したくせに」

「根に持つな、リィは」

 その点に関しては弁明しようがないので、信頼の回復はこれからで示していくしかないなとテオドールは再度謝る。

「大事な事は1人で決めたりしないし、今までも、これから先も俺が愛しているのはリィだけだから」

「それでは困ります」

 キッパリとそう言い切るリーリエは、クスッと笑って指に触れていたテオドールの手に自分の手を重ねる。

「私は子どもが欲しいので、その子の事も愛してくださらないと困ります」

 リーリエの言葉にテオドールは驚き、そして静かに笑って頷いた。

「本当に、文字通りふつつか者ですし、きっとこれから先もあなたのこと沢山振り回しちゃうと思うけど、テオ様が当たり前に明日が来る事を楽しみだと思えるような毎日になるように努力する事を誓います」

 その翡翠色の瞳はとても楽しそうで、幸せな色に染まっていた。

「あなたの隣で、好きに生きてもいいですか?」

「ああ、いくらでも好きにしろ」

 そう尋ねたリーリエをそう言ってテオドールは抱きしめる。

「やっと、掴まえた」

 リーリエの大好きな低く優しいその声は、彼女の耳元でとても幸せそうにそう囁いた。
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