生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……1年?」

 初耳ですが? と翡翠色の瞳を大きくしてリーリエは聞き返す。

「結婚の申し入れを公爵家にしたのが2年前。その時は公爵に会う事も敵わず断られた」

「私その話全く存じ上げませんが、その後なぜこんなことに?」

 人の縁談勝手に断りやがってという父への文句はこの際置いておいて、その後の展開が分からないと、リーリエは眉根を寄せる。

「いやぁ、流石にお義父さんの紹介状持って来られたら家に上げるよね。それが1年半くらい前の話」

「お祖父様の紹介状?」

 ますます話が見えずリーリエは首を傾げる。父と母は恋愛結婚で、父が母に惚れ込み5年に渡るアプローチでマクファーレン伯爵家から輿入れしている。
 家格としては当然公爵家の方が上だが、ほぼ泣き落としに近い状態で母と結婚した父は未だにかつてのカナンの英雄である祖父に頭が上がらない。
 それは分かるのだが、テオドールと祖父の繋がりが見えずリーリエはテオドールを見る。

「宅飲みした時の俺がガキの頃の話覚えているか?」

 そこまでヒントを出されてリーリエはようやく辿り着く。

「つまりテオ様に絡んでいた、孫自慢の鬱陶しい戦闘狂って」

「リィのじいさんだな」

リーリエは今更発覚した事実に目を覆う。
祖父はテオドールに一体自分のどんな話を聞かせたのかとリーリエは恥ずかしくてとても聞く気になれない。
 それと同時に知らないところで実はテオドールと縁があったのかと不思議な気持ちになった。

「ジジイ探して説得するのに約半年、公爵家で話をまともに聞いてもらえるようになったのが1年前。で、先月ようやくプロポーズする許しをもらった」

 約2年長かったなとテオドールは笑う。

「それならそうと、一言くらい言ってくれても」

「リィへの俺からの接触は一切禁止されてたから。まぁそれで冷めるならそれまでだと」

 と、国で地位を確立させるよりもリーリエの祖父やアシュレイ公爵から課された条件や課題の方がずっと大変だったなとテオドールはこの3年を振り返ってそういった。

「嘘でしょ。家族全員テオ様にたらし込まれている上に、当人知らないってそんなこと有ります? ルゥも知っているのですか?」

「言ってはないが、察してはいると思うぞ。かなりの頻度でこっち来てるし」

 ちなみにリーリエがいない時に来れたのはラナに情報を流してもらっていたからと聞き、ラナまでテオドールが買収済みなのかと知ったリーリエは頭を抱える。

「下手したらここ1年リィねぇよりテオにぃのが会ってる気がする。テオにぃいつも稽古つけてくれるし。強くてカッコいいし。俺こういう兄さん欲しかった」

「そうですね。リィお姉様お仕事ばかりで全然帰ってきてくださいませんし。その点テオお義兄さまはとてもマメでどこにでも連れて行ってくださいますし。頼り甲斐のあるお義兄さまなんて素敵ですわ」

 リーリエが魔法伯の爵位獲得に奮闘している間にすっかり弟妹達の信頼と人気がテオドールに取られている。
 その事実にリーリエは地味にショックを受けた。

「まぁ、リィが結婚して過ごした半年より、テオが公爵家に出入りしてる期間の方が長いから、通算でいったら僕らの方がテオと過ごした期間も長いだろうね」

 にやっと笑った父が意地悪く事実を突き付けてくる。

「リィの頑張りは認めるが、足元が疎かになりすぎだね。リィもまだまだ脇が甘い」

 そう父から評価を受けたリーリエは、気持ちがかなり落ちた。
< 271 / 276 >

この作品をシェア

pagetop