生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

18.生贄姫は新商品を売り込む。

 最短ルートで戻ったが、すでに懸念した事態は起きた後で、訓練所に戻ったテオドールの目に入ったのは折れた剣の傍らで倒れているリーリエの姿をだった。

「何をしている」

 目を離すべきでは無かったとテオドールは舌打ちをする。

「少し席を外しただけで、何故こんな事になっている?」

 肩で息をするテオドールの声は絶対零度の冷たさで、問われているゼノとリーリエは息が止まりそうになる。

「……えっと、旦那さま?」

 ゼノに打ちのめされた痛みで身体が起き上がらないリーリエは、視線だけテオドールの方に向ける。
 テオドールの呼吸が乱れるレベルの速度ってどのくらいなのだろう? と現実逃避をしたくなるくらい怒っている様はさすがに背筋が凍るくらい怖かった。

「……少し、調子に乗りました。ごめんなさい」

 リーリエは素直に謝罪を口にする。だが、殊勝な言葉とは裏腹にリーリエは顔を綻ばせる。
 怒りだけでなく、そこにあるのは心配と呆れ。
 テオドールが自分のために駆けつけてくれたと言う事実と向けられた感情が嬉しくて。

「隊長、すみません。俺の責任です」

「いえ、ゼノ様は訓練をつけて下さっただけなのです。処分は如何様にもお受けいたします」

 リーリエは可動域を確認し、ゆっくり身体を起こす。幸い両手は負傷していないようだ。

「旦那さまからのお叱りをお受けする前に、とりあえず、身体を治しましょうか。ゼノ様、私のカバンをお渡し頂けますか?」

 リーリエはゼノから受け取ったカバンから小瓶を取り出す。
 緑色の液体の入ったそれをゆっくり飲み干すと、リーリエの身体は光に包まれた。先程まで骨が折れて呼吸も苦しそうだったリーリエは、難なく立ち上がり自身の状態を確認する。
 骨折はもちろん、細かな傷まで初めから怪我を負っていないかのような仕上がりにリーリエは満足する。

「ヒールポーション予備がありますので、良ければゼノ様もお飲みください。明日からも最前線でご活躍いただけますよ」

 そしてカバンから同じ物を取り出すとにこやかに笑ってゼノに差し出した。
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