生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

23.生贄姫は告白する。

「旦那さま、失礼を承知で盗聴防止魔法を張らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 夜風が絞り出すようなリーリエの声を拐っていく。

「今からお話しする事は、旦那さま以外には聞かれたくありませんので」

「構わない。好きにしろ」

 許可を取ったリーリエはブレスレット型の魔道具を起動する。
 一瞬にしてリーリエから半径10mの範囲でリーリエが許可した者以外彼女の言葉を聞くことも、口の動きを読み取ることも遮断する魔法式が組み上がる。

「見たことない型だな」

「自作ですから。私の使う物は殆ど私用に改良してあります。私の専門は魔術式構築、魔法構成工学なのです」

 自信作ですよと誇らしげに見せるリーリエは、式が全て展開された事を確認し、空を仰ぐ。

「旦那さまに初めてお会いした日、なんて綺麗な人なんだろうと思いました」

 ぽつりと吐き出された言葉は暗闇の中に吸い込まれる。
 隣を歩くテオドールの視線を受けて、リーリエはテオドールの方を向き直す。

「知ってます? 筋肉と魔力の流れは努力を裏切らないんですよ」

 服の上からでも分かる鍛えられた体躯と膨大な魔力を保持しながらそれが一切滞りなく身体を循環している様は日頃からの練度の高さを表していた。

「他を圧倒的に制圧できる力を有していても決して驕らず、基礎を疎かにしないで、自分を律する事ができる、それがどれほどすごい事が分かりますか?」

 始める事は誰でもできる。だが、続ける事は難しい。
 他者からの評価が肯定的でないなら、尚のこと。

「そんなあなたなら、きっと私を無下にしたりしないとそう思いましたし、実際その通りでした」

 保証された自由と、衣食住。
 好奇の目に晒されることのない環境。
 これほど快適なら、籠の中の鳥として生活するのも悪くないと思うほどに。

「ところで、旦那さまにはまだ私がかわいそうな"生贄姫"に見えますか?」

「いや、リーリエは降りかかる不幸が分かっていて大人しく嘆くタイプじゃないだろう」

「正しく私を理解してくださっているようで嬉しく思います」

 リーリエは満足気に頷き、

「私がアルカナに送られる事は、避けようのない確定事項でした。違うのは敗戦して送られるか、和平のために送られるか、それだけです」

 そう告げる。
 流石に前世だのゲームだのとテオドールに話すわけにはいかないが、思い出した記憶をいくら辿っても、どのルートで行っても、ゲーム内でリーリエとはそういう存在だった。
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