生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
3.生贄姫は平穏な日々へ歩み出す。
今年も長い冬を無事に越すことができ、まどろみそうなくらい暖かな春の陽気が訪れたその日、リーリエは父の仕事場に呼ばれた。
普段こんな時間帯に呼び出されることはないため、突然の呼び出しに驚いたものの、なんとなく要件の察しはついていた。
この家にリーリエ・アシュレイとして生まれた以上いつか、こんな日が来ることは分かっていた。
「リィすまない、本当に……すまない。不甲斐ない父で」
父のその一言でリーリエはこの後の展開をすべて悟ったと同時に内心でガッツポーズを決める。
「このままではアルカナとの戦争は避けられない。そうならないためには、どうしても、この結婚が必要なのだ」
「謝らないで、お父様。……お父様がどれほど尽力なさったか、私は痛いほど分かっております」
父には申し訳ないが、やっとこの日が来たのだという気持ちのほうが大きい。
ゲームとは違い、現実では戦争を回避することに成功した。
表で父たちが外交に尽力する一方で、裏で随分と手をまわしたリーリエとしては落ち着くところに落ち着いてほっとしている。
だから、そんな風に肩を震わせて泣かないで欲しい。
「本当ならお前は我が国の王家に嫁いで国母になってもおかしくない存在だ。だからこそ、和平のために、隣国へ行って欲しい」
真剣な父の顔をにこやかな笑みで受け止めながら、リーリエの脳内に壮絶な王妃候補としての教育が走馬灯のように駆け巡る。
父は野心家ではないし、リーリエや国のことを本当によく思ってくれている。
そんな父に対して言えるわけもないのだが、もともと王妃になりたかったわけではないリーリエの心情としては、
『ここまでくるのに本当によく頑張った』
『よく耐えた』
『長かった』
『アホ王子に嫁ぐことにならなくて本当に良かった』
しか浮かんでこない。
「お父様、私は大丈夫なのです」
表向き箱入り娘として育てられたはずの自慢の娘が内心でガッツポーズをしているなどと悟らせるわけにはいかないので、リーリエはできる限り凛と姿勢をのばし、淑女らしい笑みを浮かべる。
「私は、リーリエ・アシュレイはお父様とお母様の子に……このアシュレイ公爵家の長女として生を受け18年間大切にしていただき、愛していただけて、本当に幸せでした。なので、これから先に何があったとしてもきっと大丈夫なのですよ」
それは、この世界で生きたリーリエの紛れもない本音だった。
公爵家、というよりもこの父と母のもとに生まれたおかげで、この世界で生き抜くための知識と知恵と身体能力は極限まで磨いたつもりだ。
「ですから、どうか私の最後の望みを聞いてはいただけませんか?」
「ああ、なんでも言ってくれ。可能な限り応えよう」
「花嫁としてこの家から出るときは、どうか家族みんな揃って笑顔で送り出してくださいませ」
隣国に行く意味は、おそらくこの国の誰よりも自分が一番わかっている。
そして誰よりもそれを望んでいるのだ。
たとえ嫁ぎ先が隣国の死神王子の元だとしても。
普段こんな時間帯に呼び出されることはないため、突然の呼び出しに驚いたものの、なんとなく要件の察しはついていた。
この家にリーリエ・アシュレイとして生まれた以上いつか、こんな日が来ることは分かっていた。
「リィすまない、本当に……すまない。不甲斐ない父で」
父のその一言でリーリエはこの後の展開をすべて悟ったと同時に内心でガッツポーズを決める。
「このままではアルカナとの戦争は避けられない。そうならないためには、どうしても、この結婚が必要なのだ」
「謝らないで、お父様。……お父様がどれほど尽力なさったか、私は痛いほど分かっております」
父には申し訳ないが、やっとこの日が来たのだという気持ちのほうが大きい。
ゲームとは違い、現実では戦争を回避することに成功した。
表で父たちが外交に尽力する一方で、裏で随分と手をまわしたリーリエとしては落ち着くところに落ち着いてほっとしている。
だから、そんな風に肩を震わせて泣かないで欲しい。
「本当ならお前は我が国の王家に嫁いで国母になってもおかしくない存在だ。だからこそ、和平のために、隣国へ行って欲しい」
真剣な父の顔をにこやかな笑みで受け止めながら、リーリエの脳内に壮絶な王妃候補としての教育が走馬灯のように駆け巡る。
父は野心家ではないし、リーリエや国のことを本当によく思ってくれている。
そんな父に対して言えるわけもないのだが、もともと王妃になりたかったわけではないリーリエの心情としては、
『ここまでくるのに本当によく頑張った』
『よく耐えた』
『長かった』
『アホ王子に嫁ぐことにならなくて本当に良かった』
しか浮かんでこない。
「お父様、私は大丈夫なのです」
表向き箱入り娘として育てられたはずの自慢の娘が内心でガッツポーズをしているなどと悟らせるわけにはいかないので、リーリエはできる限り凛と姿勢をのばし、淑女らしい笑みを浮かべる。
「私は、リーリエ・アシュレイはお父様とお母様の子に……このアシュレイ公爵家の長女として生を受け18年間大切にしていただき、愛していただけて、本当に幸せでした。なので、これから先に何があったとしてもきっと大丈夫なのですよ」
それは、この世界で生きたリーリエの紛れもない本音だった。
公爵家、というよりもこの父と母のもとに生まれたおかげで、この世界で生き抜くための知識と知恵と身体能力は極限まで磨いたつもりだ。
「ですから、どうか私の最後の望みを聞いてはいただけませんか?」
「ああ、なんでも言ってくれ。可能な限り応えよう」
「花嫁としてこの家から出るときは、どうか家族みんな揃って笑顔で送り出してくださいませ」
隣国に行く意味は、おそらくこの国の誰よりも自分が一番わかっている。
そして誰よりもそれを望んでいるのだ。
たとえ嫁ぎ先が隣国の死神王子の元だとしても。