生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ふっ、なんだそれはっ」

 そんなリーリエを見て、いつの間にか苛立ちが消えていたテオドールは喉を鳴らして笑う。

「うわぁ~、旦那さま今日も顔がいい」

「……通常運転だな」

 すでにリーリエの奇行に慣れてしまったテオドールは軽く流す。
 テオドールの雰囲気が和らいでいることを感じ取り、リーリエは笑う。

「今は私があなたの妻です。その事実は揺らぎません」

 国同士が決め、すでに成立した後で相手を変えることなど不可能だ。

「でもいつか、あなたに愛する人ができたら、未練なく妻の座を引き渡す……ように努力はします。だから、そんな日が来るまで、私がそばにいてもいいですか?」

 カナン王国とアルカナ王国の戦争を避けるため、といえば聞こえはいいが、リーリエにとっては自身の破滅ルートを回避するための手段で、そんな事情にテオドールは巻き込まれただけで。
 テオドールにとって自分は厄介な存在に違いはないからとリーリエは自分の立場をわきまえる。

「普段あれだけ騒いでおいて俺に未練なしか」

「ありますよ! だから努力しますってつけたでしょう? あります、けど。……旦那さまには、幸せになって……欲しいから」

 呆れたような声が落ちてくるのを聞きながら、リーリエは目を伏せる。

「私は勝手に幸せになりますけど、私が旦那さまを幸せにする自信は、正直ないのですよ」

「いつも自信家な割に、今日はやけに謙虚だな」

 テオドールはおかしそうに笑いながら、リーリエの頭に手をのせ蜂蜜色の髪をなでる。

「そんな相手はいない。側室を娶る必要もなければ、こんな男に嫁がせたいと思う貴族もいないだろう」

 そのままリーリエの髪をひと掬い手に取り、そこに口づける。

「残念だったな。一生逃げられそうになくて」

 意地悪気に染まった青と金の瞳がに射抜かれ、硬直し固まるリーリエ。

「一言文句ぐらいなら聞いてやる。何か言いたいことはあるか?」

「ファンサが過ぎる」

「……意外と余裕だな」

 この面白い生き物をもうしばらく手元に置いておくのも悪くないとテオドールは思う。
 リーリエがいるだけで、明日も少しだけ楽しくなりそうな、そんな予感がした。
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