生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

29.生贄姫はフォローされる。

「さて、人払いも済んだことだし。とりあえず1発殴っていい? テオドール」

 倒れたリーリエを抱き抱えたテオドールがリーリエを自室に運んだ後は、リーリエの様子を見た侍女達が絶叫し、甲斐甲斐しく世話を始めた。
 リーリエの様子を聞こうとしたテオドールは慌ただしく指示を出していたアンナに、

『邪魔なので、今すぐ出て行ってくださいます?』

 と早々に追い出され、後ろをついて来ていたルイスに、

『テオドール、ちょっと面貸せ』

 と凄まれたので部屋を用意し今に至る。

「殴って気が済むのか?」

「済む訳あるか!」

 ガンッと壁を殴ったルイスはテオドールを睨み、ガシガシと乱暴に自身の金色の髪をかく。

「けど、俺が殴ってお前の罪悪感消すのは癪だから、殴るのはリリに譲るよ」

 ルイスはため息を吐くと側にあった椅子に乱暴に座り、防音効果の魔道具を起動させた。

「話をしようか、テオドール。お前の兄として」

 背もたれに背を預け、頬杖をつくルイスにはいつもの飄々として掴み所がない雰囲気が感じられない。

「先に言っとくけど、腹は立ってるから。けど、それはテオにだけじゃなくて、お前の感情読み間違って煽りすぎた自分に対してもだから。まさかテオがこんなに早くリリに堕ちてるとは思わなかった」

 あの天然人たらしめとルイスは悪態をつく。

「意味が」

「独占欲剥き出しのくせによく言う。男の嫉妬は見苦しい」

 最後まで言わせずルイスは自身の首筋を指差してこれみよがしにため息を吐く。

「女の子には優しく。これはリリに限らず全世界共通、常識です。リリ、アレで本当に免疫無いから。リリのあれは知恵熱だな。ぐるぐる考え過ぎてキャパオーバー起こしたんだろ」

 会談中リーリエの様子が可笑しいことにはすぐ気づいた。
 ただテオドールの華として立っているだけなら、辛うじて及第点。
 リーリエの本質を知らないものなら気に止めなかったろう。

「初めに言っておくけど、リリと俺はテオが思っているような関係じゃない。俺の言葉じゃ信用ならないだろうから、本人に聞いてみるといい」

 どちらかといえばむしろ真逆の関係なのだが、今言ったところで信じてもらえそうにないので先に進める。

「リリの唯一の、と言うか最大の弱点はリリ語で言うところの"推し"と言う人物に対して非常に弱い点なんだ。そしてリリの"最推し"がお前だよ。リリに言われたことない?」

 ドレスを纏って淑女としての振る舞いを求められる場でリーリエが失敗るところをルイスは今まで見たことなかった。
 それほどまでに弱体化させた相手が無自覚なのは今後のためにも頂けない。
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