生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「送還命令にリーリエが噛んでると」

「ただの隣国の公爵令嬢が噛める訳ないだろう。ただ確かに俺はあの時足場固めに少しでも優秀な人材を欲していたし、実際テオは期待以上だった。リリの思惑は置いといて、とにかくお前が欲しかった」

 ふらりとやってくる身分の高い人間が自分と半分だけ血が繋がっている別腹の兄だと知るまでに時間はかからなかった。
 今までなんの音沙汰もなかったくせに、今更何の用だと疑問しか湧かなかったし、継承権にも興味がなかった。
 だが、戦場の功績が正当に評価されるようになったのは間違いなくこの兄が来てからだ。

「テオはすぐに王城を出されたから内部事情に疎いことは分かっている。正直なところアルカナが未だに大国としての体裁を保てているのは先王の遺産と前線で体張ってたお前の功績によるものが大きい」

 そうでなければとっくにこの国は沈んでいたとルイスは苦笑する。

「全権代理になれても、まだ正式に即位していない以上戦況がひっくり返される可能性はある。正直、第2王子派の勢力も削り切れていない」

 悪政による国の腐敗期間が長く、疲弊する民の上に胡座をかいて甘い汁を吸い続けてきた輩にとって、ルイスの存在は目障りでしかない。

「国の行く末を未来視なんて語る詐欺師に頼る愚王をこれ以上のさばらせたら、今度こそアルカナは沈む。俺がやるしか、無いんだよ。残念ながら」

 血の繋がっている父親を愚王と言い切り、遠くを見つめるルイスが今まで背負ってきたモノの重さが分からないはずがない。
 テオドールは押し付けられた厄介事を通してずっとルイスがして来たことを見てきたのだから。

「この結婚は、間違いなく政略結婚だ」

 急速に技術が発展したが、軍事面で劣るため多方面から狙われ続けているカナン王国。
 圧倒的軍事力で強者であり続けたが、愚王の悪政のせいで内部が疲弊しているアルカナ王国。
 真っ向からぶつかれば第3国に持ってかれる状況下で、時間的に余裕が無かったカナンが不利な形で締結した条約の契約担保として送られてきた人質がリーリエだ。

「でも、表面上うちが有利に見えても、決して余裕がある訳じゃない。リリの後ろにはアシュレイ公爵家がついている」

 まだカナン王国で技術が確立されていなかった頃から現在まで、資源豊かなカナン王国を戦争する事なく他国から守れていたのは、現アシュレイ公爵の手腕に他ならない。
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