生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

30.生贄姫は熱に浮かされる。

 ああ、コレは夢だとリーリエは自覚する。
 何度となく繰り返し見てきた"破滅"と言う名のバッドエンド。
 物語の役者には、それぞれ"見せ場"と言うものがある。
 この世界にはいくつもの物語が溢れているが、どこにもリーリエが主人公になる話は存在しない。
 リーリエ・アシュレイにとっての"見せ場"とは、結局のところ自分の"死"なのではないかとリーリエは思う。
 刺殺、銃殺、毒殺、絞殺色々な方法で最期を迎えて来たけれど、今回はリアルだなと断頭台に立ちながら降りかかる罵声を全身に浴びてそんな事を考えた。
 あるいは、コレは夢などではなく現実なのかもしれない。

『いっぱい、頑張ったんだけどな』

 手にかけられた鎖の音が妙に耳につく。

『私はまた、殺されるのか』

 前世でも、今世でも。
 方法が違うだけで結局迎える結末は一緒で。
 いきなりその”生”が奪われるのだ。

『嫌だ、嫌だ、いやだ、イヤだ』

 ただ平穏な日常を送りたい。
 朝が来て、目が覚めて、なんてことのない毎日を繰り返す。
 それ以上に欲しいものなんて何もないのに、と考えてリーリエは思考を止める。

『本当に……それだけ?』

 リーリエの足が断頭台に向かう。

『ああ、違う。私は、浅ましくも願ってしまったのだ』

 首が落ちるまで、時間がない。

『あなたと一緒に、居られたらと、願ってしまったのだ。こんなスキルを持ってしまって、幸せになんてなれるわけないのに』

 だから、きっと私は。

『碌な死に方なんてしないんでしょうね』

 死ぬ瞬間になって、泣き叫びたいほど、呼びたい名前は一つだけ。
 生を刈り取る刃物が動き出す。
 首が、落ちる。

「リーリエ!!」

「……?」

「すまない、ひどくうなされていたから」

 ぼんやりと朧気な視界の中に入ってきたのは、この世界では珍しい漆黒の髪と心配そうにのぞき込む青と金の色違いの瞳。

「ユ……メ……?」

 先程までの光景が夢なのか、それともまだ夢を見ているのか。
 熱でぼんやりとする頭では判別がつかず、翡翠色の瞳は朧げに空を彷徨う。

「テオ……さま? 私、まだ生きて……る?」

 掠れたような声で辛うじて絞り出したその声は、消えてしまいそうなくらい儚くて。

「いるわけ、ないか。まだ夢を見てるのかな」

 独り言のように吐き出された声は、今にも泣きそうだった。

「……夢なら、許されるかな?」

 リーリエはテオドールの方に手を延ばす。

「夢なら、みっともなく泣いても、いい?」

 リーリエは縋りつくようにテオドールに身を寄せると声を殺す様に静かに泣きだした。
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