生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

34.生贄姫は消耗する。

 すっと長剣を構えるテオドールを正面から見据えたリーリエは、こんな構図画面越しに何度も見たなと不思議な気分になる。
 前世で飽きることもなく何度も見たテオドールの戦闘シーン。
 何度かっこいいと叫びながら再生しただろう?
 その憧れの相手とこうして対峙して出てくる感情が、黄色い悲鳴ではなくどうしようもない破壊衝動というのはいかがなものだろうと苦笑せずにはいられない。

『ああ、やっぱり私はヒロイン向きじゃないみたい』

 張り詰めた空気を出すテオドールの前に立つリーリエは、この場に全くそぐわないほどきれいに淑女の微笑みを浮かべて立っていた。
 一歩一歩普通に歩いて近づく。
 テオドールの構える剣先のすぐ近くで立ち止まり、微笑を浮かべた彼女はいつも通り完璧な所作でカテーシーをした。
 あまりにいつも通りの日常の一コマだったので、一瞬テオドールの意識が引き込まれた。
 リーリエはその瞬間を逃さなかった。

 ドガがあぁ。

 にこっと笑ったリーリエと目が合った瞬間、瞬間的に発生した爆風にテオドールは後方に押しやられていた。
 視界が土埃で霞む中、両手に短刀を持ったリーリエが的確に急所ばかりを狙って連続的に攻撃を仕掛けてくる。
 先程までとは比較にならない速さに、左右からの連続攻撃。
 短刀を叩き落としたと思った瞬間、リーリエの袖口から針状の暗器が出され、テオドールの頬をかすめる。
 いったん態勢を立て直すため距離を取るが、”疾風”で瞬時に詰められる。
 リーリエの動きに音はなく、常に”暗歩”も発動状態。
 この分だとおそらく”武空”も”瞬歩”も取得しているに違いない。
 軍属の隊員が習得している動きは全てリーリエの体に染みついているようで、速さを信条とした流れるように美しい動作のままテオドールを的確に殺しに来る。
 ゼノが騎士団にリーリエを欲しがるわけだと納得しつつ、手加減しつつ殺さないようにリーリエが力尽きるまでただ攻撃をかわしつづけるのは難しいと判断する。
 テオドールが魔法詠唱を始めると、リーリエは詠唱を妨げるように長剣の射程内に入り攻撃を誘う。
 リーリエの短剣や暗器ではテオドールの剣とまともに打ち合うことができない。
 それが分かっているので、剣ではなく狙うのは常にテオドール本体。

『脳天、首、手足の健、心臓、肺。どこか一つでも削れれば致命傷』

 リーリエがいくつの暗器を仕込んでいるのか、いくつ使いこなせるのかもわからないが、長剣を扱っていた時のような無駄な動きも、隙もない。
 何時間もその状態を保ったままのリーリエをテオドールはひたすら相手にし続けた。 リーリエの速度についていけるようにテオドールが加速ブーストをかけ、剣を抜く。
 抜刀時の速さと重さでリーリエの体が吹き飛び、地面に激しく強打された。
 地面に伏せたリーリエはピクリとも動かない。

「リーリエ!」

 先程までの殺気も失せ、気を失っているらしい。
 状態を確認しようと近づいたテオドールがリーリエに触れるより早く、テオドールの胸ぐらを掴み体勢を崩させたリーリエがテオドールの額に小銃を突きつける。
 目が合った瞬間、ふっとリーリエが笑った。

「これでは、引き金は引けませんね」

 リーリエが動いたと同時にテオドールは反射的に彼女の手首を掴んでおり、まったく指先に力が入らない状態で保持されていた。

「完敗です、旦那さま」

 その言葉と共に今度こそ本当にリーリエは意識を手放した。
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