生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
35.生贄姫は正気を取り戻す。
憧れていたのは、砂糖菓子みたいに甘くて、ショーウィンドウに並べられている宝石みたいにキラッキラで、この世の可愛いを全部集めたみたいな女の子。
だけど『リーリエ・アシュレイ』はそうではなかった。
花を散りばめたみたいに色とりどりのドレスを纏ってダンスを踊る令嬢の傍らで、リーリエはいつも彼女たちを羨ましく思っていた。
ただ存在する事を許され、花よ蝶よと大事にされるその様が、ただただ羨ましかった。
令嬢達がお茶会に刺繍に恋の話に時間を割いて過ごすのを横目に、リーリエはただ己の存在を許されるためだけに努力し続けるしかなかった。
スキルの特性を活かしてスキルに関連する知識を習得する事は容易かった。
それと同時に血の滲むような努力で魔法精度と戦闘技術を磨いていった。
体内の魔力容量が少ない分、すぐに魔素が貯まる。
発散するのは容易ではなかった。
破壊衝動を他人に向けずに済むように。
自分の足元に骸が転がる事がないように。
淑女の鑑と呼ばれる裏でいつも怯えていた。
いつ、このスキルが発動し露見するのかと。
スキルバレすればきっとリーリエを称賛する声は一瞬でひっくり返る。
故に『リーリエ・アシュレイ』は常に完璧で無くてはならなかった。
そうして作られた"偽物"の淑女なのだから、本物のヒロインに敵うわけなど無かったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
頬に何かが触れる感覚でリーリエは目を覚ます。
「悪い、起こしたか」
「……旦那、さま」
急に覚醒した事で、夢と現実の境目が曖昧なままリーリエはぼんやりと視線を動かしテオドールの輪郭をなぞる。
心配そうにこちらを覗き込むテオドールの手が自身の頬に触れていることを認識する。
テオドールの長い指先が頬を撫でる。
そこで初めてリーリエは自分が泣いていたのだということに気がついた。
「昔の、夢を見ていました」
どれほど焦がれても、手の届く事のない遠い憧れ。
「私も、砂糖菓子みたいに甘くて、誰かに守ってもらえるような、そんな可愛い女の子になりたかった……のだと、思います」
でも、現実のリーリエは自ら選んだのだ。
生きるために、戦うことを。
「リーリエ、お前のスキルは」
テオドールが口を開くと同時にその腕を取り、ベッドに引き寄せ体勢を反転させたリーリエは、テオドールの唇に自身の指先を当てる。
「これ以上、私を暴かないでください。私はまだあなたの妻でいたいのです」
その声は淡々として冷たく響き、テオドールの唇に当てられた指先は震えていた。
いつもなら楽しげにくるくると感情を表す翡翠色の瞳は、なんの色も反映させず、テオドールすら映していなかった。
だけど『リーリエ・アシュレイ』はそうではなかった。
花を散りばめたみたいに色とりどりのドレスを纏ってダンスを踊る令嬢の傍らで、リーリエはいつも彼女たちを羨ましく思っていた。
ただ存在する事を許され、花よ蝶よと大事にされるその様が、ただただ羨ましかった。
令嬢達がお茶会に刺繍に恋の話に時間を割いて過ごすのを横目に、リーリエはただ己の存在を許されるためだけに努力し続けるしかなかった。
スキルの特性を活かしてスキルに関連する知識を習得する事は容易かった。
それと同時に血の滲むような努力で魔法精度と戦闘技術を磨いていった。
体内の魔力容量が少ない分、すぐに魔素が貯まる。
発散するのは容易ではなかった。
破壊衝動を他人に向けずに済むように。
自分の足元に骸が転がる事がないように。
淑女の鑑と呼ばれる裏でいつも怯えていた。
いつ、このスキルが発動し露見するのかと。
スキルバレすればきっとリーリエを称賛する声は一瞬でひっくり返る。
故に『リーリエ・アシュレイ』は常に完璧で無くてはならなかった。
そうして作られた"偽物"の淑女なのだから、本物のヒロインに敵うわけなど無かったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
頬に何かが触れる感覚でリーリエは目を覚ます。
「悪い、起こしたか」
「……旦那、さま」
急に覚醒した事で、夢と現実の境目が曖昧なままリーリエはぼんやりと視線を動かしテオドールの輪郭をなぞる。
心配そうにこちらを覗き込むテオドールの手が自身の頬に触れていることを認識する。
テオドールの長い指先が頬を撫でる。
そこで初めてリーリエは自分が泣いていたのだということに気がついた。
「昔の、夢を見ていました」
どれほど焦がれても、手の届く事のない遠い憧れ。
「私も、砂糖菓子みたいに甘くて、誰かに守ってもらえるような、そんな可愛い女の子になりたかった……のだと、思います」
でも、現実のリーリエは自ら選んだのだ。
生きるために、戦うことを。
「リーリエ、お前のスキルは」
テオドールが口を開くと同時にその腕を取り、ベッドに引き寄せ体勢を反転させたリーリエは、テオドールの唇に自身の指先を当てる。
「これ以上、私を暴かないでください。私はまだあなたの妻でいたいのです」
その声は淡々として冷たく響き、テオドールの唇に当てられた指先は震えていた。
いつもなら楽しげにくるくると感情を表す翡翠色の瞳は、なんの色も反映させず、テオドールすら映していなかった。