生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「飲めないんじゃなかったのか?」

 何度も食事を共にしたが、リーリエが酒類を口にしているところをテオドールは見たことがなかったので、てっきり飲めないのだと思っていた。

「私、飲めないなどと申し上げた事は一度もありませんよ? どちらかと言えばウワバミを通り越して、もはや枠ですね」

 酔ったこと無いのですよと付け足すリーリエ。
 今更ながらリーリエの食や嗜好品の好みも知らないのだなとテオドールは思う。

「何で飲めないフリを?」

「酒豪など貴族の令嬢らしくないからです」

 ふっ、と息を吐きリーリエは嘲笑する。

「私と言うより対外的に出している"リーリエ・アシュレイ"を構成しているそのほとんどは虚像、なのです」

 リーリエは悲し気に目を伏せ、そう話す。

「本当の"私"は世間で言われるところの淑女の鑑でも、才女でもありません。本当は多分、公爵令嬢として名乗ることを許されない、そんな存在……なのですよ」

 スキル鑑定を受けた日、両親が泣いていた姿が忘れられない。
 貴族は家を重んじる。
 世間体を保つため始めから居なかったモノとして修道院にでも送ったとしても誰も責めたりしなかっただろうに、両親はそうしなかった。

「私のスキルは、誰も幸せにしたりしないから。だからリーリエ・アシュレイは、完璧な淑女で、利用価値があり、利益を生み出す存在で無ければならなかったのです」

 ゲーム内のリーリエはそうではなかった。
 スキル特性を活かし利用することも上手く立ち回ることも知らず、スキルの発動を抑える知識もそうするための情報もなかった。
 だから彼女は利用され、"生"を奪われ、破滅した。

「本当の私は普通の淑女からも遠く、全部偽りで固めて、このスキルを恨めしく思いながら、それでもスキル特性を活かして知識や情報を喰い漁り、みっともなく"生"に執着する、そんな存在……なのですよ」

 スキル特性だけでなく、前世の知識をフルで活用しているのだ。
 チート以外の何物でもない。

「世間で言われるような令嬢でない事くらい、自分が1番よく分かっています。普通の令嬢は暗器を振り回して攻撃したりしませんもの。しかも、それを楽しい、なんて思ってしまうなんて……おかしいことだって、私にも分かっているのです」

 それがスキルのもたらす影響なのか、それとも元々の自分の気質によるモノなのか、リーリエ自身にも分からない。
 それでもぼろぼろになって傷つきながらも戦うことを、誰かを傷つける行為を確かに"楽しい"と感じてしまう。
 向かってきた暗殺者をこの手で殺しても、降りかかる火の粉を払うために他者を害しても、罪悪感を抱かなかった。
 むしろきっとこの顔は笑っていた。
 自分がそんな残虐性を飼っているなんて、知りたくなかったのに。

「私は聖女でも淑女でもありません。自分のためなら平気で手を汚す悪女です。あなたは私に利用されたのですよ。これで満足できまして?」

 もう、コレで終わったなとリーリエは嘲笑する。
 きっとテオドールにも嫌われてしまうし、テオドールの怒りを買った自分には破滅の道筋しか見えない。
 結局、いくら頑張ったって自分に待っている最期は"処刑ルート"
 それしかないのだ。
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