生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

37.生贄姫は救われる。

「リーリエ、大事な事だから言っておくが、まず大前提として、暗器振り回そうが振り回すまいが、既にリーリエは貴族令嬢というより世間一般的な女性としても規格外だ」

 全部聞き終えたテオドールは、呆れたようにそう漏らす。

「リーリエ知っているか? 統計にハズレ値入れたら平均値がおかしなことになるんだぞ」

 とリーリエを諭すようにテオドールは付け足す。

「ハズレ値って……」

「こんなに泣き虫で、婚家というか周辺環境改善改革に躍起になって奮闘して尽くす悪女見た事ねぇよ。悪女に謝れ? アレはアレで一生懸命悪女の矜持とやらを持って生きてるんだから」

 何がツボに入ったのか、悪女ってと呟きながらテオドールは肩を震わせて笑う。

「リーリエ、自覚がないみたいだから言っておくが、お前は既に自分で思っている以上に珍妙だ。今更暗器駆使した戦闘能力加わったくらいで何が変わる?」

「珍妙って…それはいくらなんでも私に対して失礼ではありませんか?」

 いやまぁ、色々やらかした自覚はあるけれども、憧れの相手からの珍獣扱いは流石に堪える。

「あと俺ははっきり言ってリーリエのスキルに興味がない。使おうが隠そうがどうでもいいが、魔素を貯めて暴発させるのは頂けない。と、言うわけで定期的に晴らすの付き合ってやるからそのつもりで」

 テオドールの言っている言葉の意味が分からずぽかんとしているリーリエの頭に手をやり、微笑を浮かべながら蜂蜜色の髪を梳くように優しく撫でる。

「利用すればいい。俺との結婚に国だの家だのでなく、リーリエ自身に一つでもメリットがあったのなら良かった」

 宝石一つ強請らないこの妻にいつも自分ばかりが貰っていたのだと思っていた。

「もしも、リーリエが普通の令嬢だったなら、多分俺は興味すら抱かなかった」

 テオドールは"好きにすればいい"と突き放したはずなのに、自身の境遇を嘆くことも折れることもなく、拡大解釈して好きに振る舞うその生き様にいつも驚かされ、いつの間にか目が離せなくなっていた。

「リーリエが持っているものは全て、リーリエ自身で努力して手にしたモノだろう。なら、誇ればいい」

 リーリエの翡翠色の瞳が大きく見開かれる。
 誇ってもいいのだろうか?
 偽るために、磨いてきた全てを。

「スキルも武器もそれがなんであれ使い方次第だ。たかだか割り当てられたスキル如きで、幸不幸が決まるわけもない」

 リーリエがあれだけ悩んで苦しんだものを"如き"だと宣う。
 ああ、この人に取っては取るに足らない程度のことなのだとリーリエは嬉しくなる。
 それくらいの事で、リーリエの価値は今まで積み上げてきたものは揺らがないのだとそう言われた気がした。

「結局のところは、リーリエ自身がどうしたいかだけだろう」

 破滅を回避し、平穏な日常を所望する。
 そんな事を願ってもいいのだろうか?

「よく、頑張ったな」

 ああ、多分ずっと誰かにそう言って欲しかったのだ。
 その一言で、今までの足掻きが報われた気がした。
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