生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

41.生贄姫は立ち上がる。

 奇天烈な発言が許され過ぎて、テオドールの前でほとんど素の自分でいる事が多くなっている。
 その度に思う事がある。

「たまに、思うのです。本当の私は6才のあの夜に既に死んでいて、ただただ長い夢を見ているんじゃないかって」

 テオドールから降ってくる視線を苦笑しながら受け止めたリーリエは、視線を外して闇夜に目をやる。

「足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻き続けたその先に待っているものが、やっぱり断頭台だったなら、私の18年って何だったのでしょうね」

 テオドールに、というよりも自問に近い形で吐き出された言葉を夜風が攫う。

「断頭台?」

「私の人生は、いつもそこに近いところにあるのですよ」

 ゲーム時系列で言えば、リーリエが断頭台に上がったのは20歳を迎える少し前だった。

「勝者が物語を紡ぐには、敗者が底辺から這い上がるには、いつだってスケープゴートが必要なのです」

 民衆に分かりやすく物語を伝えるために。
不満や怒りを緩衝するために。
 国としての凝集性を高めるために。
 晒すための"悪"がいる。
 それがリーリエに求められる生贄姫のもう一つの形。

「何もしていない人間を断頭台に送るなど」

「私が人畜無害で何もしていない人間だったなら、今ここで旦那さまとカフェオレなんて飲んでいませんよ」

 分かるでしょう? とリーリエの視線が問う。
 リーリエとの一戦を通して分からないはずが無かった。
 あそこまで的確に人の急所をついてくるのだ。
 あの戦い方は、護身の範囲を遥かに超えている。

「6つでした。初めて人の命を奪ったのは。どんな理由であれ、事実は変わりません」

 奪う側は同時に奪われる覚悟を持たなくてはならない。
 そんな覚悟が決まるより早く、あの日は来てしまったけれど。

「私の足元には直接間接関わらず、沢山の骸が転がっています。余罪をいくらか捏造して付け足せば、断頭台に送る理由は充分でしょう」

 王家にはそれだけの力がある。
 リーリエのスキルを把握している陛下なら、なおのこと容易い。

「私の命はいつだって、私自身のものではなかったのです」

 まるで品物のように取り扱われるリーリエの命。

「だけど、せめて心だけは自由でいたかった」

 だから、足掻かずにはいられなかった。
 フラグを折り続けたら、違う未来があるのだと信じたかった。
 それなのに、一番直接的な死亡フラグが形を変えて目の前に現れた。
 これが、物語の強制力だというのなら、一体どうしたらいいのだろう?
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