生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「もう、リリに真正面からフルスイング決められて沈められるのは勘弁だからね。努力くらいいくらでもするさ」

 ルイスは過去の惨敗を思い出して肩を竦める。

「大人気なかったと、反省はしておりますのよ? こんな人生舐め腐ったただ天才というだけのガキに私の命運を握られるだけでなく、私のお友達(情報源)を懐柔されるだなんて我慢ならない、と。思っただけで止めておけなかったのは、若気の至りですね」

「当時8歳の子が何言ってんのさ。6個も下の女の子にボッコボコにメンタル折られた俺の気持ち分かる?」

 言葉とは裏腹に当時を思い出して楽しそうにルイスは笑う。

「恐怖しかなかったね。それで歓喜したよ。俺の事を喰い物にできるほどの好敵手が存在する、って言う事実に」

 自分で言うのもなんだが、生まれながらの天才なのだとルイスは思う。
 特に苦労する事なく何でもできたし、頭の回転も早かった彼は10歳を迎える頃には国の状況を理解し、絶望していた。
 理解されない孤独と日々を持て余す退屈さはルイスの精神を蝕んでいった。
 このまま揺蕩って適当に渡り歩いていく、惰性のままの生き方でもいいと思う程に。

「リリに会えて、目が覚めてよかったと思うよ。俺は14の時より少しはまともになれたかな?」

 あれから10年。
 線の細さの残る少年からリーリエのよく知る推しの姿になったルイスは眩しいくらい立派になったと思う。

「私が今ここにいる事が、全ての答えだと思いませんか?」

 リーリエは淑女らしく、優雅に笑う。
 研鑽し続け、国を立て直すために奮闘するルイスの姿は、大好きな推しの姿で。
 リーリエが必死で磨いた才を貸したいと思える好敵手だ。

「だけど、今は後悔もしているのです」

 リーリエはカフェオレに口をつけて、雨音に耳を傾ける。

「後悔? リリが?」

「テオ様を私の私情に巻き込んでしまったから」

 激しくなってきたその音に混じって、雷鳴が聞こえる。
 嵐になるかもしれない。

「私は今まで向かってくる相手は薙ぎ倒してきたし、目的を遂げるためなら、誰かを犠牲にしても構わなかった。選べる立場ではなかったし、なりふり構ってもいられなかったですし」

 そこには後悔も罪悪感もなかった。
 リーリエの生き残りをかけた戦いは生半可な覚悟で進めるものではなかったからだ。

「だけど、私はこの国に来て、テオ様に嫁いで、一緒に何気ない日常を過ごして、受け入れられて、心を救われたの」

 画面越しに好きだった最愛の"推し"は、今この世界で確かに生きている。
 これは、ゲームではないのだ。
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