生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「テオ様が、あなたの側近になるのならこれから先、彼の評価も、価値もどんどん変わっていくでしょう」

 実力も申し分ないし、それだけの才もある。
 ルイスが育てると言うのなら、なおのこと本来テオドールがあるべき場所に登っていくだろう。

「"死神"と呼ばれなくなった彼には、私はいずれ足枷になります。最推しの足を引っ張るなんて願い下げですわ」

 見ているだけで幸せだった。
 そして、見ていたから分かる。
 察することも、裏を読むことも、駆け引きも。
 実践と研鑽を通してどんどん身につけていくテオドールには、あっという間にリーリエの存在が不要のものとなるだろう。

「テオ様とこんな形で結婚したこと、今はとても後悔してますの。あの人の優しさや強さや努力を政略結婚なんかで搾取してはいけなかった。最愛の推しなんていいながら、結局は彼を追いやった人達と私は何も変わらないのです。……私は最低ですね」

 彼の隣にいて、支え、笑い合う相手はこんな打算塗れの押し付けられた政略結婚の相手じゃなくて、テオドールが心から欲しいと思った人であって欲しい。
 そう願うのは、ファンとして当然の心理だろう。
 それが自分でないことが、少し残念だなんて思うのは、心の内にだけ留めておく。

「テオ様がお心を砕いて優しさを向けるべき相手は私ではないのです。期間は3年。それで彼を自由にしたい。だから、ルゥには力を貸して欲しいのですよ」

 リーリエの提示する3年。
 それは、両国にとって絶対的に必要な最低年数。
 カナン王国第3王子のレヴィウスがデビュタントを終え、立太子できるようになる年数で。
 アルカナ王国で、ルイスが地盤を固め再興を図れる最速の年数でもあり。
 そして、王族の婚姻において子ができなかった場合、妃の瑕疵として離縁を申し立てる事ができる年数だ。

「そして、いつかテオ様が誰かを選んだら、その時は利害損得の計算抜きで、認めてあげて欲しいのです。代償として、これから3年間私はあなたの手駒として動きますので」

 ルイスは翡翠色の瞳を覗き込む。
 そこに迷いはなく、決意が揺らがないことを知り、軽くため息をつく。

「リリを自由に手駒として使えるなんて、俺としては申し分ないほどの好条件だけどね。リリはさ、何でテオのためにそこまでするわけ?」

「何を勘違いしているのです? 私はいつだって、私の事しか考えていませんよ。私の罪悪感を減らすための少しの罪滅ぼしと私の"推し"の活躍が見たい、それだけなのですよ」

 ふふっと微笑むリーリエを見て、額を押さえたルイスは深いため息をつく。
 そう、自分の知っている彼女は昔からこうなのだ。

「……ダウト」

「もう、めくるカードは無いのですよ、ルゥ」

 彼女は平気で嘘をつく。
 自分のためと言いながら。
 そして、それを暴かせてはくれないのだ。
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