生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「リーリエ、大丈夫か?」

 隣から声が落ちてくる。
 リーリエはテオドールを見上げ、息を吐く。
テオドールの手を握りしめ、リーリエはコテンと身体をテオドールの方に預ける。

「私が軽率だったのです。こんなものいっそ燃やしてしまえばいい、なんて思ってしまったの。そんな簡単なことではなかったのに」

 そして現にフラグを回収し損ねた現実と向き合う羽目になっている。

「リリ、ゆっくりでいいから話せる?」

 心配そうにリーリエを見てくるルイスに頷き、呼吸を整える。
 姿勢を正したリーリエは静かな口調で語りだす。

「"賢者の石"と言うものの存在を、アルカナ王国ではどの程度信じられていますか?」

 賢者の石。
 それは、魔術師なら一度は憧れる願望。
 全ての魔術式の法則を無視し、魔力量の制約を無くし、万物の理を超える現象を可能とするアイテム。

「”賢者の石”って、それは空想上に出てくるアイテムだよね? 実際に人の手で作り出すなんてそんなこと」

「”人が空想し得るものに、不可能は非ず”」

 リーリエは一文字も間違わず諳んじれるほど身についたその言葉を口にする。

「”想像”をもって”創造”を成し、”知識”をもって”叡智”を築く」

 その言葉は、この世界に生まれ、魔力を持つものならば一度は聞いたことがあるはずだ。

「”欲”をもって”探求”せよ。ただし、”私欲”に溺れることなかれ。己を”魔術師”と名乗るならば」

「賢者の誓いだね。魔術師にかけられる誓約とも言える」

 それは”力を持つもの”を律するための戒め。

「私欲のままに道理を踏み外したのなら、それは魔術師とは呼べず、もはやヒトですらありません。”魔物”です。そうならないためにわざわざ戒めの教育を施すようになったのには、それなりの理由があるのです」

 リーリエはトンっと指で魔法陣を指す。

「かつて、カナン王国にいたのですよ。その空想を実現しようとした者が」

 カナン王国が技術国家として名を馳せるより遥か昔に存在したその人は、まるで子どものような人だったと言い伝えられている。
その大賢者を突き動かしていたのは純度の高い”好奇心”
 その人の名は”ヘレナート・プラッター”
 子どもの様に”純粋”で。
 子どもの様に”単純”で。
 子どもの様に”残酷”だった、と。
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