生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「これが陛下や父がカナン王国をめぐって戦争を起こさせないよう尽力していた理由です」

 決して表沙汰にすることができない理由。
 代々の賢王やその配下の者がその高い頭脳をもって、知略を巡らせ、長い間和平を築いてきたのだ。
 沢山の魔力持ちが集まる中で、誰かが意図的にこの魔法陣を発現させないために。
国を、そして沢山の命を守るために。

「賢者の石のレシピ。その途中式はそれだけでも価値がある。改良すれば、様々な分野で応用が利くでしょう。その利権に目が眩むものも少なくない。それ故、秘匿され、限られたものにしか情報開示されていない。にもかかわらず、残念なことに手を変え品を変え幾度となくこの魔法陣は狙われ続けているのですよ」

「なるほど、ね。で、そんな物騒なものが俺の国に持ち込まれていると」

 ルイスは深いため息とともに魔法陣を睨む。

「もっと悪い情報を付け足すなら、これは賢者の石のレシピのオリジナルじゃありません。似ていますが綴りが若干違う。オリジナルよりさらに改良されています。この魔法陣がすでに有効のものとして稼働している以上必ずどこかにエネルギーを集約するための魔法陣が存在しています」

 これは戦争の火種になりうるものだ。
 前世では主人公とともに戦争の裏に隠された陰謀や賢者の石をめぐる真実を解き明かす謎解きストーリーに沸いたけれど、当事者となってしまった今このシナリオは本当に勘弁してほしい。

「リリ、なんで君がそれを判別できる?」

 アメジストのような瞳が険しく厳しい視線を向ける。
 こんな国家機密、唯の公爵令嬢が知っているはずないのだ。

「……私、なの」

 リーリエは声を絞り出すように、告白する。

「10年前、禁術書庫からこの魔法陣を持ち出したのは」

 戦争ストーリーの回避のため、王城に上がれるようになった10年前、リーリエは禁術書庫からオリジナルの魔法陣を全て持ち出し、偽物と入れ替え封印した。
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