魔法の精、拾いました
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ヴィヴァルディ作曲、四季の「冬」が校内に流れ、下校の時を告げ知らせる。
私はハッとして顔をあげる。ここは文芸部の部室。壁にかかった時計を見れば、針は5時を指し示していた。
いつの間に、こんな時間になってしまったんだろう。今日は帰りに、ニンジンとじゃが芋、牛乳を買わなきゃいけないと言うのに。早くしないとスーパーが閉まってしまう。
ゆっくりしていられないと思い、私は空白のノートをパタンと閉じる。
と、その時、肩を軽く叩かれた。

「須藤(すどう)さん。新作のプロットは出来た?」

にこにこと笑いながら訊いてきたのは、ハンサムな男子学生。桐島(きりしま)先輩だった。桐島先輩に声をかけられるだけで、私の鼓動はうるさく鳴り響く。
顔よ、火照(ほて)るな。心臓よ、落ち着けと、私は自分に命じてみるのだけれども、胸の高鳴りは増すばかりだ。

ポーカーフェイスの出来ない自分が、とっても恨めしい。
気を落ち着かせようと、軽い深呼吸を繰り返してから、私はぎこちない笑顔を作る。

「いえ、まだです。どうしても良いアイディアが浮かばなくって」
「そっか。アイディアやネタは、天から降ってくるものなんだ」

焦(あせ)ることはないよ、と先輩は私の頭をぽんっと撫でる。
少し骨ばった手は大きくて、優しくて。……あ、嬉しいかも、と私の心はほんのりと温かくなる。

「それじゃあ、また明日ね。暗くなる前に帰った方がいい。教室の電気は僕が消して行くよ。今日も一日、お疲れ様」

先輩はにっこりと笑って言う。私は、ぺこんと頭を下げた。

「分かりました。……あのっ、さようなら」

本当は「途中まで一緒に帰りませんか?」と言いたかったのだけど、今の私には「さようなら」と別れの挨拶をするだけで精一杯だった。


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